久しぶりに伊豆に行く

半世紀ぶりくらいに伊豆に行った。昔は、よく伊豆に行ったように思う。友人との旅行、大学院の研究合宿、また学生との夏や春の合宿も、伊豆(伊東や下田、修善寺、伊豆高原など)が多かった。今回(1月30日―2月1日)、下田のホテルに2泊し、沼津港や熱海にも立ち寄り、伊豆半島旅行を楽しんだ。

今回、黒川紀章の設計で建てられ1973年に開業した下田のプリンスホテル(https://www.princehotels.co.jp/shimoda/)に2泊した。バブルの頃に建てられた老舗のホテルで、今は少し古くなっているが、鳥の羽を大きく広げたような建物で、沖縄の海を思わせる白い砂浜のすぐそばに立地し、部屋や大展望浴室から綺麗な海が一望できる気品のある素敵なホテルである。日の出(7712)や虹(7688)も部屋から見ることができた。宿泊費には、全国旅行支援(20%引き)と静岡の買い物クークーポン(2人2泊で8000円)も付いているので、とても安価な宿泊費で、私達でも泊まれる値段であった。

千葉より車で行ったが(妻の運転)、行きは東名の沼津から伊豆の真ん中を通る(「伊豆の踊子」に出てくる)天城越えをして、下田に向かった。下田を拠点にいろいろ周った。下田の水仙まつり(7460)にもかろうじて間にあった。石廊崎の眺めは素晴らしかった(7592)。そこで遊覧船(http://www.izuamori.jp/izu-cruise/route/irouzaki.html)に乗った(7562,7592)。60人乗りの遊覧船の乗客は、妻と私の二人だけで、贅沢な遊覧だった(思ったより揺れて、海の波は怖いと思った)。帰りは、熱海の梅園(http://ataminews.gr.jp/ume/)(7880)を見、若者向けのスパATAMI BAY RESORT(https://atamibayresort.com/fuua/)にも入り、はじめて熱海観光も楽しんだ。。

今回の伊豆旅行でわかったのことは、やはり伊豆の景色(景観)の素晴らしいということ。ただ同時に伊豆半島は房総半島に比べ小さく、道が狭く、カーブが多く、アップダウンもかなりあり、運転がかなり大変ということ。海岸沿いの道も半島の真ん中の天城越えの道も登りも下りもカーブが多く、日光のいろは坂や新潟の三国峠以上の運転の難所と思った。熱海は帰りに少し立ち寄っただけだが、さすが日本有数の観光地ということを感じた。熱海の梅園も伝統を感じ見事であった。熱海には若者向けのホテルやスパも新しく開業して賑わっていて、海に面したスパから眺める熱海の旅館やマンションや街の夜景は素晴らしかった。旅行の写真を少し掲載しておく。

先を読みたくなる小説、論文、本

知り合いの小林順子さんから、「三田文学」の最新号(2023冬記号)を送っていただいた。「三田文学」は慶応大学関係の文学者が書いている文学誌ある。昔江藤淳も編集委員をしていたことが由緒ある文学誌である。小林さんの書いた小説「伴天連・コロナ・ゴディバのチョコレート」が掲載されている。小林さんの小説が「三田文学」に掲載されるのは確か3作目。

その小説は、読み易く、ミステリー小説を読むようなスリルがあり、一気に読める、また読みたくなる小説である。カトリックの神父の話が中心で、世では新型コロナの蔓延が進行している時期でありその流れと、新潟の片田舎の教会に人間味のある神父の後任に着任した、杓子定規な冷たい新任の神父の行く末を描いたもので、この先どのようになるのだろうかという興味で、先を早く読みたくなるような小説だと感じた。また、主人公の日常の細部も、新型コロナの蔓延とコラボして、達者な筆使いで書かれていて感心した。最後の終わり方も、昔読んだ上級の小説の最後の余韻と同じものを感じた。

社会学や教育学の論文や著作で、先を読みたくなるようなものは少ない。以前に神野藤昭夫著『よみがえる与謝野晶子の源氏物語』(2022)を読んだ時、その先どのようになるのだろうと、推理小説を読むようなワクワク感を感じた(2022年7月14日ブログ参照)。そのようなものを社会科学の論文にも取り入れたら、大学の紀要も2~3人でなくもう少し多くの人が、本も強制的に買わされた授業の受講者だけでなくもう少し多くの人に読まれるのにと思った。

「教育社会学」は教育現場で役立つのか?

戦後旧帝大など主要な国立大学で講座のできた新興の分野の「教育社会学」は、今では教育学の中でも主流に位置づいていると思う。しかし教職科目の必修科目には入っていない。かろうじて選択科目の1つに入っているだけである(「教育に関する社会的、制度的又は経営的事項」の科目に「教育社会学」を置いている大学がいくつかあるが、「教育行政」などを設置している大学の方が多いと思う)。「教育社会学」は教職にはそれほど役に立つ科目と思われていないのであろう。教員養成を考えている文部科学省やその審議会の委員、また各大学の教員の認識がその程度なのかと、教育社会学の研究者はがっかりしている。しかしそれは教育社会学の研究者の努力が足りないせいかもしれないし、その研究内容が教育現場で役立たないことに、教育社会学の研究者は気が付かず、改善の努力もしようとしないせいかもしれない。

研究志向の強い旧帝大の国立大学では、現場の教員になっていく学生も少なく、教育の研究は志向しても、現場の教育実践への関心は薄い。教員養成を主目的にしている地方の国立大学や私立の教育学部では、上記のように「教育社会学」の科目が開講されていない大学が多い。またそこでは教員志望の学生は減少し続けている。このように教育社会学が教職の必修科目に入らない、教育現場に役立たない役立てようとしない状況は相変わらず続いている。

敬愛大学はこども教育学科が、2021年度より教育学部になり、「教育社会学」という科目が、2年生の必修科目になり、2022年度後期に私が担当した。教職を目指す学生に、実証性や批判的な観点の強い「教育社会学」の内容が、学生達にどの程度受け入れられるのか心配であった。敬愛大学教育学部のカリキュラムをみると、各教科の内容や指導法の科目が中心で、教科に関係のない科目は、生徒指導や学校カウンセリングのように現場で役立つもの、あるいは教育原論のように教員採用試験に出る科目以外は、少ないように思う。私の「教育社会学」授業の13回までは終わり、第13回は、教育社会学に関する学生の感想(理解したこと)聞いてみた。その検証はこれから。

「生徒文化」について

昔生徒文化や青年文化が自分の研究テーマで、それらに関心があった時は、それらに関する情報を集め、青年の聴く音楽や小説や漫画や映画も努めて視聴するようにして、青年文化や生徒文化への内在的理解を深めた。それが歳と共に共感が不可能となり、この分野の研究はもう自分の歳では無理だなと思うようになった。

今年の敬愛大学での「教育社会学」の授業では、1回分を「生徒文化について」と題して、過去の生徒文化の理論や事例をあげ説明した(添付「講義メモ」参照)。それに対して、今の学生諸君がどのように反応してくるか、興味があった。その解答(コメント)読むと、意外と「生徒文化は昔と変わらない」という意見が多かった。ただ、下記のような新しい面の指摘もいくつかみられた。(受講学生の約半分の解答(コメント)を添付で掲載しておく)

現代の「生徒文化」の特質(学生のコメント)

1 クラスの中心的存在で明るい性格の子達のグループの集まりである「陽キャ」とおとなしめの性格の「陰キャ」に分けられる。2 ヤンキーグループはなかった。オタッキーグループは2種類あった(アイドルについてとアニメや漫画、声優についてなど)。 3 今思うと、いわゆる「陽キャグループ」「一般グループ」「オタク系グループ」「静かグループ」と分かれていた。 4 中高生で所属していた型は、ある程度成長してもそのままであることが多い 5 大学には「タバコグループ」がある。6 疑似(会社)社会のような生徒文化があると思う。7 生徒(子ども)が学校生活を安全に楽しくするためや優越感が欲しいがために生じるのではないか。8 その人たちにしかわからない雰囲気や、ノリがある。9 自分がいるグループの立ち位置などをとても気にして全然興味がないことでも興味があると言ってみたり、とても好きだけど別にあんまり興味ないといったりと、とにかくグループに合わせ、自分の居場所を守る。10 教師に生徒文化と関わるうえであまり深入りせず見守っていてほしい。

高層階からの眺め

私はいつでも行けると思い東京タワーやスカイツリーに登ったことはないが、高層階からの眺めは好きである。そこに非日常を感じる(以前にも書いたが、高層でなくても4階と5階からの眺めはかなり違う)。

高層マンションに住む人は、どのような感覚で毎日を送っているのか、以前から知りたいと思っていた。たまたま友人夫婦が、家の建て直しの期間の一時住まいで、眼下が千葉港の展望のいい高層マンションの22階で日常を送っているというので、訪問させてもらった。

部屋は南西向きなので、ベランダに出なくても部屋から東京湾が一望できて、晴れていれば富士山も見えて、夕日や夕焼けが毎日見えてすごい展望の部屋であった。マンションの廊下側からの眺めは、千葉港、千葉駅や幕張メッセ方面が見えてきれいであった。普通どんな景色がよくても、毎日見ていると飽きて、外を見なくなると思うが、夕方の空、夕焼けは毎日違い見ていて飽きないとのこと。ここに住めば旅行など行かなくてもいいとも思った。ただ、マンションの値段や家賃を聞いたら、到底私の住めるところではないので、夢物語であったが、いい景色に癒された。