今日は7月7日、七夕。昨年も紹介したが、『天の川』の曲をアップさせてもらう。韓国ドラマ「愛の不時着」の二人は、七夕に年に1度会うことになっていたと思うが、今年は会えたのであろうか。
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「失われた時を求めて」
長編の小説を、近頃の若い人は読むのであろうか。LINEやSNSで、短いフレーズばかりに接していると、長文を読むことはできないのではないか。自分たちの時代、もう半世紀以上も前になるが、本屋には、日本文学全集に並んで世界文学全集(翻訳)が並んでいたように思う。どれも分厚い本で、1冊読むのに1週間から1か月かかるような代物ばかりだった。その後それらの本を読む人はいなくなったのか、何年前、「世界文学全集」がブックオフで1冊100円で販売していた(思わず何冊か買ってしまった)。今はもう古本屋にもそれらは置かれていないのではないか。
そのような世界文学全集は高校生の頃に読むのが普通とされていたように思うが、遅く手の私は、読んだのは大学3年生の時である。最初たまたまトルストイの「アンナ・カレニ―ナ」を読んで、それ以来名作を読破しようと、トルストイの他の作品からロシア文学、そして「赤と黒」のようなフランス文学、「車輪の下」のようなドイツ文学、「風とともに去りぬ」「大地」「怒りのブドウ」のようなアメリカ文学、それと魯迅の中国文学など、手当たり次第に、長編小説を読んだ。(合わせて、日本文学も、井上靖、川端康成、谷崎潤一郎、大江健三郎、阿部公房、倉橋由美子、古井由吉など、こちらは図書館で借りて、一人の作家を飽きるまで読み、次の人にすすんだ)
このような乱読をしながら、長編で読むのを避けていた名作がいくつかあった。親戚の家の本棚にあった「チボー家の人々」や「カラマゾフの兄弟」、それに「失われれた時を求めて」など。とにかく何巻本かで長いし、難しいそうで、避けているうち、読まずに今日に至っている。
最初、私が専任講師として勤めたのは、武蔵大学人文学部である。そこは、私の所属の社会学科の他に、日本文化学科と欧米文化学科があり、東大を定年退官した有名教授が欧米文化学科にはたくさんいらした。その先生方と教授会が一緒で、月に2回、その先生方を見るだけで心が躍った。英文学の平井正穂教授、仏文学の「失われた時を求めて」を全訳した井上究一郎教授など、さすが一流学者とはこのような人なのかと、まじかで見て感激した。
今日の朝日新聞にプルーストの「失われた時を求めて」の記事があり、それを訳した井上究一郎教授の、いかにも学者らしい物静かなたたずまいを思い出した。
「風の便り」27号
「風の便り」27号を掲載する。執筆者の辻氏は図書館秘書の資格を持ち、市川の図書館や私立市川中高の図書室に勤務した経験のある人である。「図書館学」や「図書館」の仕事について書かれている。
私も学部時代「図書館学」という授業を取ったことを思い出した。しかし、内容を何も覚えていない。受講生が3名くらいで、担当の裏田教授の薄暗い研究室の思い出しかない。「風の便り」によると、仮製本して、売れるようだったら、本式の表紙を付けるなどということがあったようだ。(欧米の)学術書などは、ペーパーバックとハードカバーあり、後者がかなり高額なのはその流れかもしれない。韓国ドラマ「ある春の夜に」のヒロイン(ハン・ジミン主演)の仕事が図書館員で、図書館の仕事場面がよく出てくる。それも合わせ、図書館員の仕事って何だろうと考えさせられた。
追記 「風の便り」28号も掲載する。これは、船橋の浜町の風景のその2である。
活字配信と音声配信(映像配信も含む)の違いについて
「活字で読む」のと「話を聞く」のと、どちらがいいかというのは、人それぞれでだと思うが、我々大学人は日頃の習慣から、前者の「活字で読む」の方を好む人が多いと思う。私もそうである。藤原新也は、最近ラジオ局を開設し(?)、Talkを発信することが多い。1度聞いてみたが、まどろっこしくて途中で聞くのをやめてしまった。「話を聞く」というのは、時間のコントロールを話し手に委ねているので、聞き手の自主性が奪われる。その点、「活字で読む方」が、読み手に時間調整の主導権はあるし、内容もコンパクトに集約されていることが多いので、時間が節約でき、快適である。
6月22日のブログで紹介したが、藤原新也のオリンピックに関する意見は、朝日の記者が氏にインタビューしてそれを活字にしたものである。活字になったものは、氏の意見が集約されていて、1分もあれば読める。元のインタビューは3時間に及んだということである。それが1時間に集約されたものが、shinya talk で公開されている。
それを聞いてみた。最初は、少しまどろっこしく感じたが、後半活字に集約されていることを話しているのだが、具体的な事例の説明もあり、氏の思いも込められており(全体には淡々と話しているが、それも含めて)、活字で読む以上の感銘を受けた。
これは、大学の授業(対面やオンラインやビデオ授業VS活字だけの配信)や人とのやり取り(対面、電話VS メール)についても言えるのかと感じた。活字やメールの配信の方が、要点がコンパクトに伝わっていいと思っていたが、それには対面や電話で伝わることが何か欠けてしまうのかもしれないと感じた。
「地政学」について
メジャーな学問分野とマイナーな学問(分野)があると思う。法学や経済学や文学、そして理系の学問は前者に属し、社会学はマイナーが学問だったが、マスコミでも社会学者の発言がよく取り上げられ、メジャーになりつつある分野だと思う。
私は「考現学」という今では廃れたしまった分野に興味をもち、ブログに考現学について、次のように書いことがある。昔学生ともその手法で調査をしたことがある。
<今和次郎は考現学の創始者で、そして彼一代限りで終わってしまった。考現学は考古学との対比で考えられた名称で、現在あるものを観察で明らかにしようとするものである。対象はモノでも人間でも何でもよい。ただ、方法は観察に徹し、アンケートを取ったり、インタビューしたり、試薬を使ったりしない。今和次郎は東京美術学校図案科卒で、観察したものをデッサンに残しているが、その由来(原因―結果)などは探求しようとはしない。考現学はその後、「生活学会」や「現代風俗研究会」や「路上観察学会」や「ファッションの定点観測」など受け継がれていく。>(2012年4月28日)
最近、「地政学」という言葉を聞き、そのような学問があることをはじめて知った。地理学と政治(学)とが結びついた分野のようであるが、ドイツのナチスや日本の戦前の軍国主義に利用されたようで、戦後はあまり聞かなくなった。ただ、地理的なことと政治的なことの結びつきはいつの時代にもあり、今後見直される分野と思った。(ネットで調べる。一部抜粋)(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E6%94%BF%E5%AD%A6)
<地政学(独: Geopolitik:ゲオポリティク、英: Geopolitics)は、地理的な環境が国家に与える政治的(主に国際政治)、軍事的、経済的な影響を、巨視的な視点で研究するものである。イギリス、ドイツ、アメリカ合衆国などで国家戦略に科学的根拠と正当性を与えることを目的として発達した。歴史学、政治学、地理学、経済学、軍事学、文化学、文明、宗教学、哲学などの様々な見地から研究を行う為、広範にわたる知識が不可欠となる。また、政治地理学とも関係がある。政治地理学の歴史は古代ギリシアのアリストテレスの時代にさかのぼる。アリストテレスは政治学と物理的環境の関連に注目した。18世紀の法学者シャルル・ド・モンテスキューは領土と気候が政府システム形成に対して与える影響に注目し、その思想はアメリカ合衆国憲法に取り入れられた。地政学は19世紀に本格的に発達し、ドイツの地理学者フリードリヒ・ラッツェルは著書『政治地理学』において、国家は生きている有機的組織体であると主張し、「生存圏」という考えを唱え、『政治地理学の祖』と言われる。日本においては第一次世界大戦期に、チェレンの説である「ゲオポリティク」が紹介され、地理学者の飯本信之はこれに「地政学」の訳語を当て、一般に広く使用されるようになった。昭和初期に、ドイツとの地理的な類似性からドイツ地政学の影響を大きく受けており、小牧実繁が『日本地政学宣言』(弘文堂書房、1940年)を著し、「大東亜共栄圏」の概念を形成し、また、岩田孝三の『国防地政学』(帝国書院、1943年)においても、その地政学理論を日本の拡張政策に結びつけるべきであるとの記述がみられる。戦中期には一種のブームのようになったが、敗戦後には多くの地政学者は公職追放され、地政学はほとんど議論も行われないままタブー視されるようになった。/人間の営みと地理との間に深い関係性が存在することは否定しがたい事実であり、世界各地には生存適地と資源地域が局地的・不平等に存在している。 それに関連して、人口密度も国家発展の度合いも一律ではない。人間の適応能力は限定的であるため、地域の特性は人間の行動への影響には一定の法則性が存在することは歴史をみても明らかである。>