茨城県へのドライブー道に迷う

茨城に紅葉を見に行こうと友人夫妻に誘われて、茨城県の奥久慈、袋田に車で出かけた。高速道路の関東自動車道に千葉北から乗って、成田、大栄、筑波、水戸を経由して北上し、景色を楽しみながら、モミジの紅葉が綺麗な寺を訪れた。茨城はどこか昔ながらのおっとりした里山や渓谷が多く、心が落ち着く。

次に 福島県の境にある八溝山(1022m)の頂上を目指し、かなり急な狭い坂道を車で登った。山の頂上の展望台四方の山々がくっきり見えた(下記写真)。ただ、山の登り降りの道は狭く急斜面で、日光のイロハ坂や苗場に行く三国峠より運転は難しく。今回ベテラン運転手が二人いて,対向車も少なく、危ない場面もなかったが、普通はなかなか行く気になるところではないと思った。

さらに今回の日帰り車の旅行は、古いナビへの行先の導入ミスもあり、福島県の山を1つ超えるまで迷い込み、そこから引き返し2時間近く時間を無駄にした。車に乗っていた時間が朝7時から夕方6時まで、途中の散策2時間を除き9時間にも及んだ。往復9時間あれば、日光でも、那須でも、軽井沢でも、富士五湖でもどこでも行けたであろう。昔ながらの里山の紅葉を楽しんだとはいえ、少し長旅(1日ドライブ)過ぎたかもしれない。ただ、旅はいろいろなことがあるものなので、一つの貴重な体験と考えたい。運転手の方ご苦労様でした.

稲毛海浜公園の菊展に行く

今日は、菊展を見たいと思い、稲毛海浜公園に行った(家から車で15分)。そこの菊展はいつも11月の上旬に菊好きの年寄りが開いているもののようで、数十鉢の小規模なものあるが、個々の菊に気品があり、見ていて心が落ち着く。菊の鉢も販売しており2鉢購入した。公園内の花の美術館では、ハロウィーンの終わりクリスマスの飾りつけが始まっていた。稲毛の浜は波もなく、水は比較的綺麗で、家族連れが波遊びを楽しんでいた。

紅葉 リベンジ

前回(10月21日~23日)、千葉から北上した折、どこも紅葉には早過ぎて見ることはできなかった。そのリベンジで、11月3日と4日、苗場のドラゴンドラと谷川岳の山麓に紅葉を見に出かけた。たった10日しか経過していなかったが、山の様子は一変して、紅葉の真っ盛りであった。しかし例年より紅葉が遅いこともあって、(新型コロナ禍の自粛のせいか、紅葉時期の予測を見誤った人が多かったせいか、)紅葉を見に訪れている人は少なかった。11月3日の苗場プリンスホテルの駐車場は地元の車ばかりで、観光バスも1台も見なかった。

苗場のドラゴンドラもほとんど待つことなく乗れた。ゴンドラから見る苗場の紅葉は、日本一の眺めかもしれないと思うほど絢爛たるものであった。ゴンドラの下のボードウォークも散策したが、紅葉が見頃なのに、誰にも会わなかった。苗場から水上に出る峠の道を行く車もほとんどなく、そこから谷川岳のロープウエイ駅に行く道も空いていて、谷川岳の山麓の紅葉もゆったりと鑑賞できた。谷川岳の帰りに昼食で立ち寄った水上高原ホテル(旧水上プリンスホテル)のゴルフ場の芝生と紅葉も素晴らしいものだった。

(写真は順に、苗場のドラゴンドラ、同、苗場のボードウォーク、同、谷川岳1ノ沢、同、その近辺、水上高原ホテルゴルフ場の景色)

女性学長連続シンポジウム(オンライン)のご案内

山形大学の河野銀子さんより、河野さんが関係する女性学長シンポジウムの案内をいただいたので、掲載する。

テーマは、 [女性学長はどうすれば増えるか?ー日本の大学の構造的特質と将来展望ー]。 日本における2020年の女性学長割合は、12.8%(全学長773人のうち99 人)。本研究で は女性学長が少ない背景を探り、どうすれば増えるのかを検討する。 二日間のシンポジウムでは、研究結果の概要を報告するとともに、実際の女性学 長らの講演とディスカッションをふまえて、日本の大学の将来を展望する。
【第1日目】 11月27日(土) 14:00~17:00  学長講演(各20分) 髙橋裕子・津田塾大学学長 「学長会議の風景を変える」 、田中優子・前法政大学総長「多様性と熟議」 、富田敬子・常磐大学学長、「地方大学の女性学長というアイコン」 、パネル・ディスカッション 「女性大学リーダー育成に何が必要か」  【第2日目】 11月28日(日) 14:00~17:00 学長講演  島袋香子・北里大学学長『学長』に看護の視座で挑む」、林佳世子・東京外国語大学学長「国立大学の学長選出と女性」、小林良江・群馬県立女子大学学長「女性学長とそのメッセージ性」、日比谷潤子・前国際基督教大学学長「学長室の窓から」、パネル・ディスカッション「日本の大学構造と女性学長のキャリア形 成」

●申込(11月1日から受付開始、先着1000名)(事後の限定配信あり) https://science-online.jp/yamagata1127/form.html ●プロジェクトメンバー(https://kaken.nii.ac.jp/grant/KAKENHI-PROJECT-19K21738/ ) ・河野銀子(山形大学)、髙橋裕子(津田塾大学)、米澤彰純 (東北大学)、 佐々木啓子(電気通信大学)、黄梅英(尚絅学院大学)

「逍遥」について

私は文学に疎く、言葉にもあまり鋭敏な方ではないが、自分では使わない言葉を人が的確使っているのを見たり読んだりすると感心し、自分もその言葉を使えるようにならないものかと思う。今回、友人から送られてきたメールに、次のような文章があった。

<最近の「旅番組」をテレビで観ていると、泊まる宿も行き当たりばったりで決める楽しさを強調しているようにも思えます。そのような「逍遥の旅」や「逍遥歌人」は私の理想ですが、凡人の私は、細やかな「逍遥」を楽しみながら、私なりの人生を歩いていこうと思っています。>(一部抜粋)

 その中で使われている「逍遥」(しょうよう)という言葉は、「坪内逍遥」という昔の小説家の名前は知っていたが、その「逍遥」の意味もよく知らず、ましてや自分で使ったことはない。そこでネットで少し調べてみた。ネットに次のように書いてあった。

<「逍遥」は、 気ままにぶらぶらと歩きまわることを意味する熟語です。 明確な目的がなく、気分転換のために散歩することを表します。明治から昭和にかけて活躍した小説家・ 坪内逍遥のペンネームのもとになっています。 坪内逍遥は、『小説神髄』や戯曲『桐一葉』などで有名です。「逍遥自在」は、世間から離れ、自由気ままに楽しむことを意味する四字熟語です。「自在」は、「心のままであること」を表します。>。

また、和英辞典で調べると「逍遥」は、ramble、saunter、walkという言葉が当てられている。(森を逍遥するーramble in the woods)

写真家、旅行家の藤原新也に、逍遥を本の題にしたものがあったように思い調べたら、『逍遙游記』(藤原新也著、1990年)があった。その解説は次のよう。<「インド、そしてチベットへの高揚した旅から一転、著者は醒めた日常の日々を台湾、韓国、香港に遊ぶ。ふらり行きついた町の安宿や市場に、鬼才・藤原新也がとらえた心象世界。『インド放浪』『チベット放浪』とならぶ青年期のモニュメント」>

逍遥自在、つまり「世間から離れ、自由気ままに楽しむこと」というのが、老後の過ごし方の極意ではないかと思った。ただ、凡人はなかなかその境地に至れない。