「佐倉ふるさと広場」のコスモスを見る

今年は、9月末の先週まで夏の暑い日が続き、季節感が狂ってしまう。たとえば秋のコスモスが今咲いているのかどうかわからない。2年前のブログをみると10月20日に「佐倉ふるさと広場」(https://www.city.sakura.lg.jp/soshiki/sakuranomiryoku/event_kanko/4799.html)に行き、風車の前にコスモスの花が咲き誇っていて、その写真も掲載されている。

今日は、午前中「花島公園」で仲間4人とテニスをした後、暇だったので、その先の「佐倉ふるさと広場」に行ってみた。広場に近づいても花は見えず、今年はダメかと諦めかけたが、例年のような絢爛さはないが、少し少なめのコスモスが色とりどりに咲いていた。風に揺れ、後ろの風車とも合いなかなかの風景。本格的に咲くのは、これからかもしれない。(WEBでみると、佐倉コスモスフェスタの日程:令和5年10月7日~令和5年10月22日で、今は2分咲きとのこと)

多数派の常識の吟味が必要(『内外教育』9月19日)

社会学、教育社会学は、自己言及的(自己反省的)な学問である。独自な見方を確立しようと努力するが、同時にその見方が正しものかどうか、いつも自己検証を怠らない。結果的には多数者の意見に近い常識的な見方をすることが多いが、その常識が正しいものなのか、そのように考える根拠は何なのかを追求する。同じ文化の中で育っていると、その常識を疑うことは難しい。常識の自己検証の為には、異文化に接しその異文化の視点からも見て考えることが必要である。それは、多文化的視点、異文化間的視点と言われるものである。以前にブログに書いたことであるが、そのことを、9月19日発行の『内外教育』の「ひとこと」の欄に書いた。(下記がその原稿。字数の関係で、実際の掲載内容は少し違っている)

多数派の常識の吟味が必要

多数者(マジョリティ―)にとって常識で、それを深化させることは疑いなく善であることが、少数者(マイノリティ―)にとっては、悪とは言わないまでも善とは思えないということはさまざまある。/たとえば、内閣府の「やっぱり、家族っていいね」という標語は、暴力の絶えない家族に育った子どもや家族で虐待を受けている人にとっては、「家族って本当にいいものか」と感じることであろう。/親が教育熱心で塾通いし高い教育を目指すことが当たり前の多数派の子どもたちへの目標達成や努力の奨励は、貧困にあえぐ家族やヤングケアラーの少数派の子どもの実態にはそぐわない。/学校の共同性や協働性を推奨する教育論に関しては、集団生活の苦手な子どもや、学級集団でいじめにあっている子どもたちは、違和感をもつことであろう。教育の個別化も考えたい(フリースクールやホームスクーリング等)。/現在のデジタル化の進む中で、紙の本の大切さその味わいの深さを説く言説に関して、多くの人は賛成するであろう。しかし、それは少数の障害者の立場からすると、健常な多数者の傲慢に過ぎないと感じる場合がある。今回芥川賞を受賞した市川沙央の小説「ハンチバック」の主人公は、次のように述べている。/〈厚みが3、4センチはある本を両手で押さえて没頭する読書は、他のどんな行為よりも背骨に負荷をかける。/本が持てること、ページがめくれること、読書姿勢が保てることを要求する読書文化のマチズモを憎んでいた。>/多文化教育、異文化間教育の分野は、このような多数派の常識を、少数派の視点から再吟味する研究や実践をすすめている(松尾知明『多文化教育がわかる事典』明石書店、2013,『異文化間教育事典』明石書店,2022、)。不登校児の視点からの学校文化の見直し、自文化中心主義の克服、外国籍の子どもの教育、ジェンダー平等教育、特別支援教育、教育のデジタル化など。/これからの多文化する社会の中にあって、自分とは異なる多様な文化を認め、共生をめざす文化多様性の教育や実践が必要である。

敬愛大学教育学部 2023年度「教育社会学」第1回 講義内容

今年度の後期の「教育社会学」の第1回の授業を対面で、昨日(9月25日)に行った(対象は2年生、必修科目、受講生73名)。私が教壇に立つのは8か月ぶり。少し緊張したが、学生は熱心に聞いてくれて、私の講義から教育社会学という分野に興味をもってくれたようで(リアクションからわかる)、対面授業もなかなかいいものだと思った。/講義に先立ち、3種類の授業資料を配布した。① 武内清「教育、大学、文学、ドラマ、日常―教育社会学考察」(2022),② 武内清「教育知識の社会学」『敬愛大学国際研究』33号、2020 ③ A3で、28ページ(14枚)のプリントである。(以下、講義内容)

それでは、資料の説明を含めて、講義を行います。3つくらいのことをお話する予定です。お配りした小さい紙に、感想(コメント)も書いて下さい。/ まず、この授業の科目名の「教育社会学」とは、何かということです。今日は、要点のみお話します。教育社会学を簡単に言いますと、研究対象は教育(現象)で、方法(見方は)社会学ということです。教育現象というのは、学校教育が主になりますが、それだけでなく、人の成長や家庭教育、幼児教育も、青少年教育も、企業内教育も、社会教育も、生涯教育も教育なので、それらを研究する分野です。学校教育が教育の中核になりますので、学校の社会学的研究や実践は、とても重要な分野です。教員を目指す皆さんにとっても役立つ分野です。/  研究(考察)する方法が、社会学です。社会学というのは、どのような学問、つまり見方をするのか、わかりますか? チャトGPTに聞いた回答をプリントしました(添付参照)。見て下さい。概略はチャトGPTが述べているようなものですが、別の言い方をしますと、社会学は社会秩序の学問、つまりどのようにして社会の秩序が保たれているのかを明らかにする分野ともいわれています。ただ社会秩序を保つことがいいことだと言っているわけではなく、(つまり価値中立的)、社会秩序の原因―結果を明らかにし、現実に即して改善点を考えようとするものです。教育学が、理想からものごとを考えるのに対して、現実からものごとを考えようとするのが社会学です。/ 皆さんは、心理学に興味をもっている人が多いと思いますが、社会学には、社会心理学という分野もあり、人の心理の社会的な側面も含め、社会との関係を解明しますので、純粋な心理学より、幅が広く、また深く、役立つ分野です。/ そのような社会学という方法で、教育という現象を見ていくのが、教育社会学なので、その扱う分野は、とても広くなります。ただこの授業では、皆さんが将来、教員を目指している人が多いと思いますので、それに合わせて、学校教育の分野の社会学的な考察が主に取り扱います。

第2に、授業の方法に関して説明します、対面での授業は、今回だけで、次回以降、オンデマンドの遠隔授業になります。オンデマンドというのは、いつ見てもいいということです。同時配信のズームではありません。講義メモと、追加の授業資料の配信は、KCNを通じて毎週月曜日までに行います。オンデマンドなので、いつでも時間のある時に読んで下さい。講義メモには、読む授業資料の指示と、課題が書かれています。毎回の授業資料は、今日お配りしたもの3種類(冊子と紀要とプリント)と、KCNで配信するものの4種類です。その回答を、なるべく1週間以内に送って下さい。(ただ、遅れても受付ます)/ 最後は、少し長めのレポートになります。評価は、毎回の解答と最後のレポートで行います。

第3に、今日お配りした冊子(武内清「教育、大学、文学、ドラマ、日常―教育社会学考察」(2022))に関して、少し説明します。この冊子は、1年前に作ったものですが、ここ2~3年に、私がブログに書いた文章を集めたものです。その内容を、10の分野に分け、ピックアップして掲載しています。これは、教育社会学の分野を網羅したというよりは、私の関心を持った分野というものです。それに(教育)社会学的な考察を加えたものです。授業をする担当の教員が、どのような人間なのか、少しは知っておかないと、授業を聞く気にもなれないと思いますので、それを知るのに役立ちます。/ 私の経歴は111ページありますので、そこをご覧ください。私の場合は、若い頃から、はっきり目的があって大学教師を目指したのではなく、何となく気がついたら大学教師になり、3つの大学(助手も含めれば4つの大学)に勤め、この歳になってしまいましたが、教育社会学が専門ということで、学校教育だけでなく、青少年文化や、心理学や文学や、韓国ドラマ、映画、花を見に行くこと、テニスや卓球が好きで、人の観察などしながら、思うことを、ブログに綴っています。今回の授業内容に直接関係することは、半分もないかもしれませんが、教育社会学って、こんな考えをするのだということが、わかっていただけたらと思います。/ 私の敬愛大学との関りは、12年前に特任教授として赴任し、講義とゼミを担当し3回ほど卒業生を送り出し6年間勤めた後、客員として授業だけ担当して現在に至っています。皆さんと会うのは、今回一回きりなので、生涯通じて、多分会うことはないなと思うと少し感慨深いです。ただこれから、KCN(WEB)で14回ほどいやというほど、私の講義メモや授業資料を読まされますのでよろしくお願いします。

追記 冊子 『教育、大学、文学、ドラマ、日常―教育社会学的考察‐』(2022.9)は、下記の方法で、電子版でも、読むことができます。

武内HP  https://www.takeuchikiyoshi.com →HP 2002211月13日 → 電子版のアドレスをクリック

早朝にジャズを聴く

今朝は暗い5時台に目が覚め、テレビを付けたら、NHKで87歳になる石垣島在住のジャズシンガー・斎藤悌子のドキュメンタリーをやっていて、聴き惚れてしまった。ジャズはあまり聴くことはないが、歌声に斎藤悌子の人生が詰まっていて、いい歌だなと感じた。この人は、若い頃、沖縄の米軍基地で、ジャズを歌っていた人のようで、沖縄からベトナムの戦地に赴き、明日の命もわからない米軍の若者を惹きつけ、母国で息子の安否を気遣う母親の心情を歌った「ダニーボーイ」は、聴く人の涙を誘う。

<戦後、沖縄の米軍基地にあるクラブで米兵のリクエストに応えて歌い続けていた斎藤悌子が、今、注目を集めている。去年、グラミー賞アーティストのデヴィッド・マシューズとアルバムを制作、初めての東京ライブも超満員で大成功となった。なぜ彼女の歌声は聴く人の胸を打つのか?彼女の知られざる87年の物語と歌声の魅力に迫る。(NHK+で配信中)>