授業の記録(敬愛大学「教育課程論」12月15日)

授業の記録を残しておく。テーマは「多文化教育(その3)」

前回のリアクションの一部をコピーして配布し、前回の内容を振りかえってもらった。多文化教育の要に「転換アプローチ」があること再度確認し、その例として、広島・長崎への原爆投下に関して、このアプローチでアメリカの立場からも考えた前回を確認した。

前々回の授業で、講師の方の説明で、英語を学ぶことが今の時代いかに重要かということが強調されていたが、英語を学ぶことは、単に言葉を学ぶだけでなく、その言葉を使う国の文化や価値観、生活スタイルを学ぶことにも通じるので、「英語が母語のアメリカについても考えてみよう」ということで、アメリカの文化や教育に関する資料を配布し読んでもらった(以下の添付資料参照)。

さらにアメリカは人種差別も残っている国などで、「青い目・茶色い目―教室は目の色でわけられた」をyou tube で見てもらった。
差別は、人種差別だけでなく、さまざまなカテゴリーによる不当な取り扱い(いじめの含む)であると説明し、差別に関して考えてもらった。

教育課程論第 12回 (12月15日)  リアクション ーマ   多文化教育(その3 ―差別意識について)
1 前回のリアクション(多文化教育その2)を読んでの感想
2 アメリカ(合衆国)についてどのように思うか。(移民の国、人種のるつぼの国、原爆₍核)を一番持つ国、世界ディズニーランドの国、世界の最先端を行く国、あこがれの国?) (周りの人と意見交換をして)
3 差別とは何か、人種に関する差別意識はあるか。差別を感じるのはどのような時か(国、地域、ジェンダー、貧富、学歴、職業、価値観、趣味、その他)((周りの人と意見交換をして)
4 YOU TUBE 「青い目、茶色い目―教室は目の色でわけられた」の感想

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https://www.youtube.com/watch?v=WlHadqlq880

当日のリアクション(4例)
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歌の分析

これはこれまでよくやってきた授業内容であるが、先週非常勤先の授業で歌の分析を。行った。
歌の詞は、その時代を反映している例として、副田義也氏の2つの分析(「歌謡曲の社会心理―20年前は東京志向,ここ3年は地方志向」「欠落と豊穣の世代―井上揚水「傘がない」に寄せて」『遊びの社会学』(昭和52年、日本工業社)、及び上智の学生の書いた「ラブソングに見られる女性の心理の変化について」(下記添付参照)の分析を紹介した。
分析枠組みとしては、時間軸(現在―未来)、空間軸(自分―社会)、ジェンダー等があると説明した。

その後、各自自分の好きな歌をyou tubeで流してもらい、その歌の内容を説明してもらった。学生があげた歌手(バンド)と題は、下記。

槇原敬之    もう恋なんて
コレサワ    タバコ
西野カナ SAKURA I love you
Takuro Sugawara  千の翼
the Oral Cigaret  Shalala
メディアリテラシー Phamans after shool
ソラニン Asian kung-fu generation

過去を振り返る歌や、自分は我が道を行く、といった内容の歌が多かったように思う。
若い人が、歌に自分の思いを重ね合わせていることを感じた。

私は 「タバコ」が一番、印象に残った。https://www.youtube.com/watch?v=7B_PVsPvcg0
      

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若い表現者

今の若い人が、親しい仲間とだけ付き合い内向きで、外国にも行かない留学もしないでと言われているが、そのような中で数少ないが,留学して、世界を舞台に活躍する若い人もいる。
しかし、そのような人に日本の社会は必ずしもあたたかくない。
若い頃インドを長く旅行して外国での苦労をよく知っている藤原新也は、そのような若い人への眼はあたたかい。
氏は、会員制のトークで、「今の身の回りにしか視点を持たない自閉化した日本における若い表現者を見渡してもかなり異例」と、下記のサイトを紹介している。
http://www.shioriito.com/
https://www.instagram.com/shioristreet/

高校、大学(学部)時代の経験の影響

「三つ子の魂百まで」という諺がある。幼い頃の経験や学習で培われたものが一生続くという意味であろう。
幼児期のことよくわからないが、青年期の経験や学習もその後の人生に影響を与えていると思う。特に、高校時代と大学(学部)時代の影響は大きい。
青少年期の3年間過ごした高校の影響は、その人の性格や感受性に表れている。それぞれの高校には歴史や伝統があり、生徒や教師たちが醸し出す風土やチャーター(レッテル)は独自のものがあり、それが思春期の鋭敏な高校生に、知らず知らずに影響を与えている。
 公立高校の出身者と私立高校の出身者では、人の性格や考え方がかなり違う。また同じ都立高でも日比谷と小石川と両国では、校風がかなり違う。都内の私立高校でも、麻布と開成と武蔵では、卒業生の雰囲気が違うなと感じることがある。

 さらに、大学生の時期もまだ成長途中で感受性も敏感な時なので、どの大学で大学生活4年間を送ったのかということも、人の性格や考え方に影響を与えている。
今、大学教育の中身は、どこの大学に行こうと変わらなくなっているかもしれないが、それぞれの大学の持つ雰囲気やチャーター(レッテル)は、各大学でかなり違っている。集まってくる学生の特質も、各大学で違う。特に、特色のある銘柄大学の影響は大きいように思う。
 今、出身大学とは違った大学の大学院に進学する院生も増えているが、大学院生の人格はかなり固まっているのか、その影響力は弱いように感じる。
 日本の企業に就職するのであれば、学部は外国に行っては駄目で、学部は日本の大学で受け、大学院の時に外国に行った方がいい、と言う高等研究者もいる。学部時代を外国で過ごすと、日本独特の場の空気が読めなくなり、日本の企業や社会に適応が難しくなってしまう場合がある。
 逆に、外国の大学を出た方が、日本の旧い因習を打ち破る行動に出る心性が養われ、多くの人が気が付かない日本の悪しき慣習を打ち破ることができるかもしれない。最近のそのよき例が、伊藤詩織『ブラックボックス』(文芸春秋、2,017年10月)かもしれない。

  大学教員の場合は、同じ大学に勤めていても、出身の大学(学部)が勤め先の大学かどうかで、愛校心も違い、学生への接し方も違ってくるように思う。
 私は、上智大学に20年勤め、上智のゼミの学部生や卒業生の集まりに参加した時、学生や卒業生は私を自分の出た大学の教師としてみてくれていることを感じるが、ここにいる唯一私だけが、少し違う者と感じたことがある。出身大学の心理的同一性や絆は強いと感じた。
 大学教師より大学職員の方がその大学の出身者は多く、その大学に愛校心をもち、その大学の為に働き、学生にも親身に接しているという傾向もみられると思う。

(以上は、出身の高校や大学の影響を少し誇張して述べ過ぎたかもしれない。実際は、出身高校や出身大学といった過去の属性よりは、これから何が出来るか何をしようとしているのかという未来での達成能力や達成意欲の方が大切で、人の価値も過去より未来で判断されるべきであることは言うまでもない。ただ、人は過去を引きずる傾向のあることは確かで、そのことを指摘したかった。)

授業の記録(敬愛大学「教育課程論」12月8日)

授業の記録を残しておく。テーマは「多文化教育(その2)」。
前回の松尾知明氏の多文化教育論を復習し、佐藤邦政氏のunlearning論と異文化接触や多文化教育との関連を考えてもらい、バンクス=ビリングスの転換アプローチを説明し、日米の多文化教育的な原爆教育の実践のNHKビデオを観てもらい、多文化教育への理解を深めてもらった。
配布した資料は、前回のリアクションやレポート例も含めるとA3にして7枚になり、量が多すぎて読み切れたかどうかわからない(その点、少し反省. 昔、上智大学で「多文化教育論」の授業を担当した時の内容より盛りだくさんになっている。それは敬愛の授業で授業の内容の質を落とすのは、敬愛の学生に失礼に当たるという思いからだ。その結果は良い方に出るのかどうかはわからない。添付のリアクションからその一部がわかる)
授業の最初に、スマホを見ている学生に2度も注意して、2度目はかなりきつい口調になり、教室の空気が一瞬固まり(?)、どうなるかと思ったが、いつもよりかなり静かな授業となった(スマホを諦め、寝てしまう学生も1~2名いたが)。

教育課程論(12月8日)リアクション  多文化教育について(その2) 
1 前回(12月1日)のリアクションに関する感想
2 テキスト10章の要約(例)を読んでの感想
3  unlearning とは 何か。 異文化理解や多文化教育とどのような関連があるのか
4  転換アプローチ(バンクス、ビリングス)とは、何か。
5  広島・長崎への原爆投下に対する見方を、日本(人)の立場と、アメリカ(人)の立場から書きなさい(転換アプローチの応用問題-NHKビデオを観ての感想)

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