第40回 学校社会学研究会お知らせ

毎年年1回開催されている「学校社会学研究会」の第40回大会のお知らせが送られてきた。

日時  2023年3月26日(日) WEB開催

研究報告(午前の部)

10:45~12:15

児玉英明(名古屋大学)

「主観・客観、エンパシーの育成を目的とした社会科カリキュラム」

司会者:宮﨑義久(仙台高等専門学校)

研究報告(午後の部)

13:30~15:00

野崎與志子(学習院大学)

「多民族/多文化社会と教育:問題の整理」

司会者:濱嶋幸司(函館大谷短期大学)

15:15~16:45

白石義郎(久留米大学)

「「成熟性」の成長物語:『千と千尋の神隠し』の物語構造分析」

司会者: 谷田川ルミ(芝浦工業大学)

参加希望の方の問い合わせ先は、下記。

世話役 児玉英明 氏 (email  kodama@ilas.nagoya-u.ac.jp

佐藤厚志「荒地の家族」を読む

東日本大震災に関しては、写真やドキュメンタリ―映像や体験者の話によって記録され、人々はそれらに接することにより、その恐ろしさを記憶にとどめることができる。同時にそれは、文学特に小説という形でも残すことは可能であろう。

第168回令和4年下半期の芥川賞を受賞した小説、佐藤厚志「荒地の家族」は、その優れた例である。選者の一人の小川洋子は、「この小説は、東日本大震災を文学として記すためにはどうしたらいいか、1つの道筋を明示している」と称賛している。9人の選者の講評を一部転載しておく(『文藝春秋』2023年3月号からの引用)

「復興から零れ落ちた人々の生死を誠実なリアリズムで描く」(平野啓一郎)、「リアリズムの技法を徹底することで成功した」(奥水光)、「震災によって失われた土地や風景、コミュニティの再生に取り組む主人公の苦闘のルポルタージュ」(島田雅彦)、「主人公は造園業を営む。土地を掘り、樹木を切り、苗を植える。常に両足は大地を踏みしめ、そこに埋められた死者たちとつながり合っている」(小川洋子)、「3・11を生き延び人々の人生を重厚且つ誠実に描く。この災厄を『風景』の喪失として、これほどなまなましく物語った小説は過去になかったのではないか」(松浦寿輝)、「震災後の荒涼とした海辺だけでなく、記憶を奪う引き波への抵抗が描かれる」(堀江敏幸)、「正視するとつらいさまざまな事々を、つらさの強調にも安易な解決にも向かわせず,公正に描き切るという、胆力の必要な作業を経た作品」(川上弘美)、「震災を便利づかいしていない誠実さを感じた。悲痛な日常を書いて、なお小説としておもしろい」(山田詠美)、「読後、胸に熱いものが込み上げてきた」(吉田修一)。

千葉でダイヤモンド富士

今の季節、千葉でダイヤモンド富士が見えるという。今日(2月23日)は富士山の日でもある。検見川浜に日の入りを見に行った。家を車で出たのは16時前で、17時28分の日の入りには早過ぎ、海浜幕張の「コストコ」で買い物をしてからと思ったが、祭日で「コストコ」に入る車が列をなしていて諦め、検見川浜を散歩して時間を潰した(8054)。天気は晴で太陽がまぶしいくらいであったが、富士山の周囲は雲で覆われ、富士山が見ることができるかどうかは危ぶまれた。夕日は富士の頂上ではなく、少し横の斜面に沈み、ダイヤモンド富士は見ることができなかったが(下記)、綺麗な夕日と富士山のシルエットと、穏やかな海を見ることができた(8090)。

梅の花が見たい

今年は、華やかな桜の花より、地味な梅の花に惹かれる。それは、私の歳のせいかもしれないし、先日見た熱海の梅園のせいかもしれない。関東で梅が綺麗で有名なところといえば、水戸の「偕楽園」や湯河原梅林などがある。いずれもうちからは3時間近く車でかかるので、安々とはいけない。そこで、もう少し近場で梅の花が楽しめるところはないかと、ネットや新聞記事で探した。4~5日ほど前の朝日新聞の千葉版に、千葉市の「青葉の森公園」に梅が300本植わっていて、早咲きの梅が満開という記事が載っていたので、そこに出かけた(車で20分)。

思ったより広い公園だったが、今の季節、葉を落とした木以外は何もなく、梅は所々に30~50本咲いている程度であった。花が見事という言葉にはほど遠い。近くでみるとそれなりに綺麗だが、遠目では桜のような絢爛さはない。公園には桜の木はたくさん植わっていて、桜の季節には、一度来てみたいと思った。多くのお花見客で賑わう様子が想像された。やはり、遠くてもどこかに梅の花を見に行かなくてはと思った。

近所でも、梅の花はいろいろ見ることができるのだが(8138)。

教員不足、教職志願者の減少について

今の教育界の話題の1つは、教員不足、教員志願者の減少、教員採用試験の倍率の低下、その背景にある教員の仕事環境の過酷さなどである。NHK digital 230212(日)「#学校教育を考える」(https://www.nhk.or.jp/gendai/comment/0012/topic032.html)では、下記のように説明されている(一部抜粋)

全国の学校現場で深刻になっている「教員不足」/ その背景のひとつに、教員採用試験の倍率の低下、教員を志す人が減少しているという指摘があります。去年、全国で採用された公立の小中学校や高校などの教員の採用倍率は3.7倍で過去最低となり、このうち小学校の採用倍率は2.5倍と、4年連続で過去最低となったことが文部科学省の調査で分かっています。/ 少子化の時代、なぜ「教員不足」が起きる?そもそもなぜ教員不足が起きているのか。国や自治体の調査によると、近年、1970年代前半に生まれた第2次ベビーブーム(団塊ジュニア)世代の就学に合わせて大量採用された教員が、定年を迎えているためです。/

朝日新聞の編集委員の氏岡真弓氏は、教育学部の学生の進路意識を紹介している。(2023年2月17日、一部抜粋)。

 先生を目指して大学の教育学部に入りながら、教職を選ばない。そんな学生たちを取材するようになって3年半になる。/ いつ、どんなきっかけで先生になりたいと思ったかから話してもらう。あこがれの先生の話がほとんどだ。「授業が楽しくて世界がどんどん広がっていった」 そうして夢を膨らませて教育学部に入った後、多くの学生が現役教員のSNSへの投稿で「部活で土日なし」「事務仕事と授業準備で夜11時まで職員室」といった現場の厳しさを知る。 教育実習で子どもに接すると「先生っていいな」と思う。だが実習はSNSの内容が事実だと確認する場でもある。そして揺れる。/ なぜ教員になるのをやめたのか。多くの学生が挙げるのが、やはり働く環境の厳しさだ。「ずっと朝早くから深夜まで働くと思うと引いてしまう」。そして彼らは口をそろえるのだ。「私たちは先生の魅力はわかっている。でも、それを上回る不安がある」/ これまで48人に取材し、30人が民間企業に、2人が地元の役所に就職。とりあえず教職大学院を選んだのは12人だ。現役の4人はまだ迷っている。働き方改革の進み具合や教員の給与制度の見直しの行方も見てから決めたいのだという。

このような教員志望の減少に対して、各都道府県の教育委員会がしていることは、教職の魅力を若い人たちにアピールすることが多い。「静岡県では10年以上前から、中高生向けのセミナーを開催。若手の教員をパネリストにディスカッションを行ったり、一日をどんな風に過ごしているか話したりして、職業としての教員を知ってもらおうとしている。」(前掲 NHK)。福井県では、YouTube動画で教員の魅力をアピールしている。“恩師と教え子の対談”や“県外から転職して福井県の教員になった人”などを動画で紹介し、福井県で教員として働く魅力を訴えている。

この教員不足、教員志望者の減少、教員採用試験の倍率の低下などは、さまざまな要因(教員の年齢構成の偏り、教員定員の決め方、学級担任制、産休教員の補充、部活動の指導、IT化等)が背景にある。学生に教職の魅力を伝えることも必要だが、それだけでは解決できないであろう。教職の待遇改善、できる教育活動(部活動等)の外部化等と並んで、社会人の教職への参入をし易くする必要があるように思う。実際、社会に出てから自分は教員向きだと思う人、子育てを終わって教員志望の人で、教員免許を持っていない人はかなりいると思う。そのような人が、教員という職業を試してみる機会をつくるべきだと思う(仮免許などを拡大して)。さらに今の教員免許修得に必要な教職科目は多すぎると思う。昔は専門科目の他に14単位程度(教育原理4、教育心理4,教科教育法4、教育実習2)取れば教職免許が取得できたが、今は30単位以上が必要ではないのか。これでは教員志望者や資格者が減っても仕方がない。