卒業旅行について

これから大学も卒業式のシーズンで、卒業式や謝恩会はどうなるのであろうか(上智大学や敬愛大学では卒業式は中止になっている。他の大学も同様であろう)。大学生にとって、これまで日常的に会っていた人たちと、卒業式を境に(意図しないと)会う機会もなく、一生の別れのようなところがある。それで、仲のよい友達と思い出作りに「卒業旅行」をすることは大切なことだと思う。卒業旅行は、昔からなされてきたように思う。私の場合は、もう半世紀以上前になるが、学部卒業の3月に男4人で、九州一周の旅(ほとんどユースホステルに泊まった)に行ったことが、いい思い出になっている。大学後輩のT氏より、私のブログを読んで、自身の卒業旅行に関して、思い出を語ってくれた。

<3/7付の「南房総のお花畑」を読みまして、とても懐かしく、メールさせて頂きます。私が大学を卒業する時に「卒業旅行」で行ったのが、南房総だったのです。男3人で行きました。東北出身と九州出身の人で、お2人とも故郷にUターンするということで、関東近辺には来にくくなる、遠くまで行く気はない、それでやっぱり暖かいところがいいよねーということで、決めました。1泊2日で、ちょうど今頃(3月上旬)に行きました。千倉のお花畑でポピーを摘んだり、泊まったホテルでパターゴルフをしたり、何かの史跡(城跡でしたか)に行ったりしました。とてもいいところで、しかも空いていて、みんな満足しました。大学教員になってから学生に「卒業旅行はどこに行ったのですか?」と時々聞かれますが、「千葉県の房総半島の南の方に、男3人でお花摘みに行った。」と言ったら、たいてい絶句されますが、それがまた気に入っています。この度、菜の花に囲まれたお孫さんの写真を見て、一気に鮮やかに当時の記憶が蘇りましたので、メールさせて頂きました。>

、今の学生に「千葉の房総半島に卒業旅行に行きましたというと、絶句される」というところがいい。普通は卒業旅行というと海外旅行が定番だと思うが、この新型コロナウルス騒ぎで海外旅行がままならなくなっている今、近場で人も少ない房総はお手頃かもしれない。

南房総のお花畑

南房総の千倉は、村上春樹も好きな場所で、氏のエッセイによく出てくる。素朴で、のんびりした漁村である。

昨日(5日)は、学校や幼稚園が休みで退屈している子(孫)を連れて、家族で南房総にドライブに出かけた。千葉からは高速の館山道を使うと、2時間弱で着く。途中砂がきれいで水が沖縄の海のような青い浜辺(遠くに富士山)、保田の漁港内の食堂で取れたての美味しい魚(お刺身やフライ)のランチを食べ、千倉のお花畑を目指した。着いた海の傍にある千倉のお花畑では、いろいろな花を自分で摘むことができて、入場料は無料で、摘んだ花は7本あるいは5本300円と格安である。菜の花は、おまけでいくらでも摘んでいいと言われた。

コロナウィルスの蔓延で学校や幼稚園が休みになり、不要な外出をやめ自宅に籠りなさいと言われるが、子どもたちは家にいると、ゲームをしたり、You Tubeばかり見てしまう。今日のテレビでは、「正しい外出」はした方がいい(それは、家族など少人数で、人混みを避け、手洗い、うがい、消毒などをしっかりするもの)とも言われていた。コロナ対策の為には、健康でストレスを溜めないことも必要と言われている。いろいろな工夫が必要だ。

つげ義春のこと

これも昔よく読んだ人・本だが、『多田道太郎著作集Ⅱ』をアマゾンで購入した(元の定価3980円、購入価格2円、送料350円)。目次を見ると、有名な「複製芸術論」はじめ、興味深い論稿がたくさん再録されている。加藤典洋の「解説対談」もある。さらに、つげ義春の論が漫画付きで載っていた。つげ義春の漫画は私も好きで昔よく読んだが、最近では海外で賞を受賞したという新聞記事を読んだばかり(下記に転載)。つげ義春の漫画は今の時代の気分に合うのかもしれない(その一部を転載しておく)。

<つげ義春さんが特別栄誉賞 欧州最大規模の漫画の祭典―仏南西部アングレームで1日にあったアングレーム国際漫画祭の授賞式で、賞を受け取った漫画家のつげ義春さん。 フランス南西部アングレームで1日、欧州最大規模の漫画の祭典として知られる第47回アングレーム国際漫画祭の授賞式が行われ、「ねじ式」や「沼」「無能の人」などで知られる漫画家つげ義春さん(82)が特別栄誉賞を受賞した。 漫画祭の公式ツイッターによると、つげさんは授賞式で観客から総立ちの拍手を受け、「非常に光栄です」とあいさつした。漫画祭ではつげさんの特別作品展が開かれ、多くのファンが訪れた。 東京出身のつげさんは、1950年代に漫画家としてデビュー。60年代から「月刊漫画ガロ」に発表した作品の数々は高い評価を受けている。>(朝日新聞2020年2月2日 )

<折々のことば:758 鷲田清一 私は関係の持ちかたに何か歪(ゆが)みがあったのか、日々がうっとうしく息苦しく、そんな自分から脱(の)がれるため旅に出、…… (つげ義春) ◇ 旅の途中、うらぶれたボロ宿に惹(ひ)かれた心境を漫画家はこう綴(つづ)る。そこだと「自分がいかにも零落して、世の中から見捨てられたような心持ち」になれ、えもいわれぬ「安らぎ」を憶(おぼ)えるのだと。もうこれ以下はないとわかると、いじけた根無し草のような存在にも、ゆるくて黒いユーモアが漂いはじめる。「新版 貧困旅行記」から。>(朝日新聞 2017年5月19日)

多田道太郎「つげ義春の変化意識」の一部をコピーしておく(続きは、各自原本を。)

古井由吉のこと

好きで昔よく読んだ作家の訃報のニュースに接すると少しさびしい。今日(28日)の朝日新聞の朝刊に作家の古井由吉が82歳で死去というニュースが載っていた。その作風に関して次のように書かれていた。

<初期作品から、男女の関係の苦しさや、精神的に追い詰められていく人を緻密に描いてきた。高度成長期の普通のサラリーマンの内面にふれ、「いながらにして死んでいる」といった表現などで、戦後の社会が奥底に抱えていた傷に光をあてた。 「内向の世代」の作家は、社会問題やイデオロギーなどと距離をおいていると批判も受けた。しかし、その代表格である古井さんは、あいまいさも含めた記憶という個人的なものを探ることで、人間と社会に迫ったといえるだろう。>

私も古井由吉に関しては、このブログで2017年3月20日、2019年2月7日、2019年2月9日に取り上げている。「杳子」「妻棲」「先導獣」「円陣を囲む女たち」「行隠れ」など、昔感銘を受けた本を読み返し、冥福を祈ろう。

追記 詩人・作家、松浦寿輝も、追悼文を寄稿している(一部転載)

<古井さんが探求した心の世界は、なまじっかの「心理小説」が扱う領域をはるかに越え、身体の深層と、また歳月の経過と精妙に共振しながら絶えず変化しつづける、謎と逆説に満ちた広大な時空だった。それはほとんど一つの宇宙そのものだった。それが「内向の世代」などという単純なレッテルに収まりきるようなものではなかったのは言うまでもない。 ある時期以降、古井さんは「小説」という文学形式そのものから徐々に離脱し、物語ともエッセイとも散文詩ともつかない前代未聞の「言葉の芸術」の創造へと向かっていった。一見、変哲もない私小説のように見えながら、それは高度に前衛的な「反小説」の試みだった。>

哲学者の柄谷行人も友人だったようである。

千葉のダイヤモンド富士

 千葉は海に囲まれた県だが、山がない、あるいは山らしいものがあっても低いせいか、その海岸線や砂浜は単調である。センスのいい店もあまりない。その点高い山があり景観がよく、おしゃれな店の多い湘南や伊豆とは大違いである。

 私の住んでいる千葉市では、何とか魅力的な都市にしようと、市も必死である。埋め立てでできた稲毛海浜公園の海辺の砂浜にオーストラリアから購入した白い砂がまかれている。また千葉市の観光案内のホームページには、今の季節、千葉の海からダイヤモンド富士がよく見えるという案内が載っている。

<富士山頂にちょうど落日が重なる神秘の現象「ダイヤモンド富士」。人工海浜の長さが日本一の千葉市では、毎日少しずつ移動すれば、このダイヤモンド富士を「海越しの富士山」として、 約10日間観賞するチャンスがあります。 千葉Cityベイエリアでとっておきのひとときを。令和2年2月の観賞のチャンスは19日〜28日までの10日間!観賞時間やポイントをチェックして、ダイヤモンド富士観賞に出掛けよう!(https://www.chibacity-ta.or.jp/fuji)

このような案内が出ているとは知らず、一昨日(2月23日)の夕方、犬の散歩に、稲毛海浜公園に車で出かけた。「稲毛ヨットハーバー」の駐車場は30分まで無料になるので、いつものように短い時間車をそこに停めて夕日を見ながら犬を散歩させようとした。ところが大変な人が出ていてびっくり。車は駐車場いっぱいで、皆カメラを富士山と沈む夕日に向けていた。かろうじて車は駐車場に入れることはできたが、出るときは1時間以上かかり駐車料金(500円)は無料にならなかった。「2月23日17時19分頃、稲毛ヨットハーバーで、ダイヤモンド富士が見られる」と観光案内にはあり、私たちがそこに着いたのが4分前の17時15分。ぎりぎり夕日と富士山を見ることはできた。でもダイヤモンド富士といえるような写真は撮れなかった。