Tさんの入院日記

人生は、いろいろなことが起こり、足踏みすることがある。本人にとってそれは大変辛い体験だが、そこで見えるものは、社会や人生の本質をついていて、人の心を打つものがある。最近、骨折して入院手術した後輩のTさんの体験を、本人の了解を得て、掲載させていただく。 

Tさんの入院日記

○台風接近の夜、通勤の帰路で駅のホームで転倒し、実質的に初めて救急車に乗った。そこで即入院。右膝と右足首を骨折。○けがをした翌日に、3時間にわたる手術。局部麻酔なので、全部聞こえた。BGMが流れていて、’70年代・’80年代のJ-POPが流れていたのが印象に残った。○けがの当日・手術当日は気が張っていた、まだ訳が分からない状態であったが、その後2,3日あたりが最も精神的に厳しかった。1日数回は、気がつくと涙が出ていた。入院11日目で、強引に2時間だけ一時帰宅した。これでかなりホッとした。○3週間と3日、入院していた。人生で初の「重傷」「入院」。○突然日常と遮断されて最も思ったのは、次の2つ。・大学教員というのは、何だかんだいって普段はかなり頭を使い、権力を持っていると改めて実感した。「看護師がそれぞれ食い違うことを言っている」と理詰めで論破しようとしたくなる、・「財布とICカードをほとんど使わない」ということ。欲しいものは、家族が買って持ってきてくれる。市場経済から切り離されるのは、「変な気分」。○入院者の大半は高齢者。「独居老人みたいな人は、食事が出て、ケアがある、こういうところがいいのかもしれないな」と勝手に思ったりした。○看護師さんは、かいがいしくお世話してくれたが、意外と世間知らず、多面的・立体的に考えるのは慣れていないようだった。「基本的には医師に従う立場」「自分の言動に責任を取りたくない」ということであろうか。○「猛暑の中、エアコンが効いたところにいられていいじゃないですか。」という見舞者の言葉が一番堪えた。精一杯励まそうとしておられるのがわかるだけに、余計に切なかった。○「右脚以外は病気でないのに、病院から出たくても出られないんだ。記録的な暑さを味わってみたい・・」と思った。○入院中はヒマなので、TVをかなり長時間見ていたが、ニュースやワイドショーや色々な番組、CMも含めて、はっきりした前提があることが分かった。「夏(休み)は、海や山や都市の非日常空間(USJなど)に行って、いつもと違う楽しいこと・記念となることをすべきだ!」という前提が、強烈に存在した。それが出来ない身からすれば、暴力に感じた。昨年の夏までは、大なり小なり自分もそう思っていて気付かなかったが、それが出来なかった今年の夏はよくわかった。やはり弱い立場にならないと、こういう「社会的な暗黙の前提」には気付かないということか。けがに関係することは、次の通り。○最初は車いすの動かし方すらわからない。トイレに行くためにナースコールする。床に物を落としても拾えない。当たり前のことが出来ない不便さを実感。○道徳教育や特別支援教育において、肢体不自由の方などについて扱ってきたが、いかに上から目線やきれいごとしか言ってなかったことに気付いた。極端な経験主義はよくなく、私が障がい者になったわけではないので二重にまずい言説になるが、やっぱり車いすや松葉杖に頼る生活をして、はじめてわかることはあった。○TVに映っている人を見ると、「みんなこの人たちは2本脚で立てるんやなぁ」とすごい疎外感を感じた。○「折れる」「割れる」「粉砕」「台風」など、自分のけがと関連するワードにすごく反応する。自分が使わないのはもちろん、極力聞きたくない。(Tさんからのメールより転載)