自分史について

人はどのような時、自分史を書きたくなるのであろうか。自分のキャリアに一区切りついた時や寿命(死)を意識した時かもしれない。大学の教員の場合、定年で大学を退職する時、それまでの自分の業績をまとめ、最終講義を行い、大学を去る場合が多い。私の場合、20年勤めた上智大学を退職する時、「上智大学教育学論集44号」(2010年)に多少記録を残したが、その3年前に「学生文化への関心―自分の研究をふりかえる」という文章を『ソフィア219号』(2007)に書いたことがある(添付参照)。

今は、学校でキャリア教育というもの推奨されているので、自分について考える機会は、人生のもっと早い時期にあるのかもしれない。小学生の時から自分はどのようなことが好きで将来は何になりたいのかを考えさせられる。『13歳のハローワーク』(村上龍)も話題になったことがある。高校卒業後の進路を選ぶとき、何が得意なのかを考え、進学先の学部(専攻)を選ぶ。大学を卒業して就職活動をするとき、「自己分析」をして、就職先を選び、選考に臨む。

しかし、若い時、自分のキャリアを考えるのに、自分の過去のことだけから考えるのは適当なのであろうか。20歳前後では、人生80年の4分の1も生きていないのである。若い時は過去のことより、もっと現在のことや、未来の可能性からキャリアを考えた方がいいように思う。

最近、高名な教育学者で、また有名な地名作家である谷川彰英先生(筑波大学名誉教授、中央教育研究所理事長)が、自分史に近い本を出版された(『ALSを生きる』東京書籍、2020)。いろいろなことを考えさせられ、励まされる内容だったので、自分史のことを考えた。

谷川先生には、下記のようなお礼状を送った(一部転載)

<ご著書をお送りいただきありがとうございました。ご著書は、一気に読ませていただき、「すごいな」という驚きの一言につきます。先生のこれまでの歩み、生き方、学問への姿勢、その業績、大学管理職の仕事、地名作家としての努力と著作、そして、ご病気の経緯、難病への対処、奥様の気遣いと看護、どれをとっても、すごいなと、感銘を受けます。ご著書はとても読みやすく、一気に読めます。ただ、軽いということではなく、深く考えさせられる内容が、明解な文章で、スリリングに書かれていて、最後まで、緊迫感をもって読ませていただきました。先生の少年時代や大学時代のエピソードも、興味深く、その後の先生の生き方や学問的業績の萌芽がそのようなところにあったのかと納得できます。若い時のドイツへの冒険的な旅行には、先生の人間としての大きさを感じます。また、加藤幸次先生の紹介で行かれたUWのことも、懐かしく読ませていただきました。順風満帆に走っていた船が、急な突風で、沈没寸前までいったのにも関わらず、冷静沈着に対処する谷川先生の、気力と体力には、本当に心動かされます。励みになります。先生が難病と闘いながら、どうしてこんな立派な本が書けるのだろうかということが驚きです。とても明晰で、論理的で、それでいて暖かく、人の心を打つような内容が満載です。暗さが全くないのも驚きです。また、先生のこれまでの学問的な業績が巻末に挙がっていて、その多さにも驚きを禁じ得ません。先生の他の著作も、もう一度読み返してみたいと思いました。コロナウイルスの猛威や季節の変わり目に、ご健康にはくれぐれも注意してお過ごしください。御礼まで。>