教育雑誌「教育展望」2019年11月号に、日本教育社会学会編『教育社会学の20人―オーラル・ヒストリリーでたどる日本の教育社会学』(東洋館出版、2018)の本の案内を書かせていただいた。清水義弘先生、潮木守一先生、天野郁夫先生はじめ、教育社会学の諸先生や諸先輩の先生方の研究経歴や研究への思いが満載の本に感銘を受けた。
教育社会学は戦後に講座や科目ができ、伝統的な教育学の中で実証性を重んじ、研究を進めてきた新興の分野である。教育学が理想や実践を重んじるのに対して、教育社会学は現実や実証や批判的観点を重んじ教育実践への寄与があまりないようにみえる。しかし教育の現実を規定する社会的要因(階層、ジェンダー等)や教育組織の解明、教育の実態に基づいた政策的提言は、教育の理想の実現に欠かせないものである。
本書は主に日本の戦後の教育社会学の主に第2世代(第1世代が基盤を築いた後に活躍した世代)の20名の研究者の歩みをオーラル・ヒストリリーの手法で記録に残したものである。この手法は聞き手に恵まれると自分史以上に興味深い内容になる。自分では気が付いていない分野にも、聞き手の質問によって思いを走らせるようになるからである。学会70周年記念行事として第3世代の加野芳正会長(当時)のもとで吉田文と飯田浩之が責任編集者となり、学会の総力を挙げての聞き取りや編集が行われた。教育社会学の研究者のみならず、教育関係者、歴史研究者が読んで参考になる本である。
一つの新興の学問分野が市民権を得るまでには、既存分野との葛藤や戦い、個人や組織の並々ならぬ努力があったことが当事者の語りからわかる。個々の研究者が教育社会学という分野にたどりつくまでにどのような出会いや紆余曲折があったのかが示され、研究者のライフ・ヒストリーとしても興味深い。
高等教育研究としても読める。実学・政策重視の東京大学、理論研究や文化の濃厚な京都大学、高等師範の伝統の東京教育大学,文理の伝統の広島大学、地方国立大学の教員養成学部など、大学の出自や伝統が違うとそれぞれの研究者の研究やその特質に差異を生じさせていることが読み取れる。
教育社会学研究の今後に関しては、柴野昌山京都大学名誉教授は「理論パラダイムの歴史性感覚」をあげ、新井郁男上越教育大学名誉教授は、「社会学的視点での研究、教員研修」の重要性を指摘し、深谷昌志東京成徳大学名誉教授は「子ども支援の実践家との連携が大事」と述べ、天野郁夫東大名誉教授は「教育現場を批判的に斜に構えて見るような教育社会学では現場の力になりえない。もっと教職・教員養成の問題に応えていかないといけない」と述べている。今後の教育研究と教育実践との関係を考える一書にもなる労作である。