見田宗介氏の「社会とは、一人一人の人間たちが野望とか絶望とか愛とか怒りとか孤独とかを持って1回限りの生を生きている、その関係の絡まり合い、ひしめき合いであるはずです。切れば血の出る社会学、〈人生の社会学〉を作りたいと願っていた」という言葉が読み終えたばかりの池澤夏樹著「アトミック・ボックス」(角川文庫)と響き合い、また武内先生の「読書・・・を読む」にも刺激され、下記のような読書感想文を書いてみました。(水沼文平)
池澤夏樹は1945年生まれ、小説の主人公宮本耕三も同年の生まれである。広島・長崎への原爆投下で太平洋戦争は終結、GHQの支配下、朝鮮戦争の特需を機に日本は経済復興を遂げていく。
この本のテーマは、戦後日本で秘密裏に行われた原子爆弾の開発とアメリカの干渉による中止、能力を買われこの開発に参加した耕三の心と意識、生き方の変遷にあると思う。彼は、日本での原子爆弾研究がひとりのメンバーによって北朝鮮に持ち出されこと、また自らが広島で体内被曝をしたとう事実を知る。原子爆弾の開発に関わったことの過ちを後悔し、復帰した会社も辞め、瀬戸内の故郷の島に戻り漁師として生きる道を選ぶ。世界的にはスリーマイル島、チェルノブイリ、福島第一と人間の力では後始末のできない原発事故が続く。原爆の後遺症か耕三はガンで死亡、耕三から原子爆弾開発の国家機密資料を託された娘美汐はその資料を公開すべく警察網をかいくぐるサスペンスが展開される。
私はそのプロセスと結末よりも、宮本耕三と原子力の神話を聞かされて育った我々同世代の人間がこの小説の紛れもない主人公であると強く思った。
なお池澤夏樹の近著「春を恨んだりはしない 震災をめぐって考えたこと」も合わせ読むと作家の意図がさらに鮮明になると思う。
蛇足ながら池澤夏樹は作家・フランス文学者である福永武彦の遺児である。