沖縄で土地柄、お国柄を感じる

学生(院生)の頃、小田実が好きで、氏の本を、『何でも見てやろう』はじめよく読んでいた。しかし、ある時、江藤淳の『アメリカと私』(講談社、1969年)を読んで、その中の「『何でも見てやろう』というおりた観察者の姿勢に無理がある」(23頁)という一節にふれ、衝撃を受けた。単純に、「(観光」旅行ではダメなのだ、その地で生活をしなければ」と感じたのであろう。

その認識があったせいか、30年ほど前に、フロリダのディズニーワールドに行った時、いろいろな国から来ている観光客の顔や表情が、出身国にかかわらず皆一様に見えて、観光(旅行)というのは、つまらないものだと感じた。(覚えているのは、たまたま食べに入った処が、ハードロックカフェ―という名前で、ハンバーガーとても大きかったこと、そこの売店でT-シャツを買う人が多く並んでいたことが不思議だったこと。後でそこでしか買えないロゴ入りのT-シャツのあることを知った)

 今回(4月15日~18日)、沖縄に観光旅行に行き(沖縄旅行は3回目)、その逆のことも感じた。レンタカーで沖縄の各地の観光地を回る途中で見る沖縄の自然や家並みや沖縄の人々、そして観光地の造りなどに、本土との違いや沖縄の特質を感じた。首里城公園、おきなわワールド(鍾乳洞)、沖縄美ら海水族館などのスケールも大きく、時間の流れもゆったりしていることを感じた。

 それともう一つ興味深かったのは、那覇から1時間10分ほどの渡嘉敷島へのフェリーの船旅で、その船室やデッキでの過ごし方に観光客のお国柄が出ていたことである。1日に1便の往復便しかない船の乗客400名余の国別は、見たところ日本人は3割程度で、韓国、中国、台湾、欧米人、メキシコ系、アラブ系などと外国人が7割近くを占めていた。船の外のオープンデッキで、強い風もものともせず海を眺めていたり、陽気に話し込んでいるのは欧米人がほとんどであった。日本人も含めアジア系は、室内の船室(椅子と畳の部屋)で、おとなしく過ごす姿が多かった。渡嘉敷島ブルーと言われる、真っ青な海岸の水はまだ冷たく、泳ぐには早すぎる感じであったが、水に入るのは外国人ばかりという様子であった。観光地の過ごし方というのにもお国柄が出るものだと感じた。(このように今回の沖縄旅行はその土地柄と観光客のお国柄を感じる旅であった。)