子どもの思いやり行動形成の理論について

子どもが相手への思いやり(自己中心的な欲求を抑えた利他的心情)をもつようになるメカニズムに関しては、作田啓一の『価値の社会学』(岩波書店、1972)のどこかに書かれていたように思う。下記の記述が該当するかもしれない。

「子供がある程度成長すると、親はしつけを始める.子供のわがままは、かってのように何でも許されるというわけにはゆかなくなり、しばしば禁止される。だが子供は既に親に愛着しており、また独立して生活しえない無力な存在であるので、親から逃げ去ることができない。こうして自己中心的な欲求の充足と親の愛や保護をつなぎとめておきたいという欲求とが同時に成立しえない葛藤状況が出現する。この葛藤を解決する方法はただ1つしかない。それは,みずからを親と同一化し、彼らが望ましいものとしている価値を自分の価値することである。この取入れが成功して価値が内面化し始めるにつれ,しだいに超自我が形成されていくのである。」(同103ページ)。

さらに下記のような文献のあることをI氏が教えてくれた。それは子どもに先天的に備わっている素質なのかもしれない。

 「人間には、困っている人にお金や食べ物を分け与えたり、困っている人を慰めたりと、他人を助けようとする性質がある。このような利他的な行動は、親から道徳的なルールを教わったり、人に親切にすることで報酬を得たりと、文化的な背景があると思われがちだ。さらに、利他的な行動は人間特有のもので、他の動物は利己的な目的だけで生きていて、利他主義者になる方法を教えてくれる親もいないから、このような行動をとらないと考える人も少なくない。/ しかし、いくつかの科学的知見から、人間の利他主義はこれまで考えられていたよりも根深いと示唆されている。具体的には、私と同僚は、人間の子どもは、文化的ルールを教わるなどの社会的経験がその成長に大きく影響する前の、非常に幼い頃から利他的な行動をとっていることを示す研究を進めている。幼い子どもを研究することで、私たちがどのような利他的行動を早い段階でとれるかを明らかにし、その傾向が文化的ルールや道徳教育と結びついてどのように発達していくかを追跡できる。こうして、哲学者トマス・ホッブスとジャン・ジャック・ルソーの時代から議論されてきた疑問に対する答えを得られる。利他主義とは、(ホッブスが信じていたように)人間の利己的な性質を制御するために採用された社会のルールの結果なのか?それとも、ルソーが考えていたように、人間には他人を思いやる自然な傾向があるのか?/  幼い頃の子どもたちは、人がなぜそうするのか、どのようにしてそうするのかを知りたがり、驚くほど知的に物事を観察する。例えば、1歳の子どもは、誰かがユニークな道具を使ったり、装置のボタンを押したりして、驚くべき効果を生み出すのを見ると、その人が意図的にやったことと偶然のことを区別できる。そして、自分がその道具を使ったり、ボタンを押したりするとき、その人がやったことをすべて真似るのではなく、その人が意図したことだけを真似る。子どもは行動をコピーするのではなく、意図を読み取る。この「意図を読み取る力」が役に立つ。子どもは他人を観察して学ぶことで、役に立つことと役に立たないことを区別し、他人の行動のうち真似する価値のある部分だけを真似するようになる。/   私の考えでは、もう一つ、意図の読み取りが不可欠なのは、「援助」である。問題を抱えた人を助けるには、その人が何をしようとしているのか、何をしようとしていないのかを見極める力が必要だ。幼い子どもたちは、意図の読み取り能力を、自分のため(この道具はどう動くのか、どのボタンでテレビがつくのか)だけでなく、他人を助けるためにも使うのか? 例えば、誰かが物を落として手を伸ばしたとき、幼児は、落としたのは偶然で、相手が今その物を拾おうとしているのだと理解できるか? 助けることができるか? このような疑問に答えるきっかけとなったのは、社会的遊びの研究で1歳の男の子と一緒に床を這って遊び、適切なパートナーになろうとしたときのことだ。ボールが私の手の届かないところに転がり、私が届かないふりをすると、男の子は立ち上がってボールを拾い上げ、私の手に渡した。/   この瞬間をきっかけに、幼児の利他的行動に関する一連の研究が始まった。これらの研究から明らかになったように、子どもはさまざまな方法で他人を助け、それを人生の早い段階から始めている。私と同僚は、1歳8カ月の子どもたちに、ある行動をする実験者を観察させ、突然問題が発生して実験者が目的を達成できなくなるという状況をいくつか作り出した。すると、子どもたちは、頼まれもしないのに、ご褒美ももらわずに、手伝いをしていることが分かった。実験者が地面に落として手を伸ばせないでいるものを、子どもたちが拾ってあげた。実験者が雑誌の山を運んでいて開けられなかった戸棚の扉を開けてくれた。滑り落ちた本を元の場所に戻すのを手伝ってくれた。ある箱の開け方を習った後、実験者が誤ってスプーンを穴から箱の中に落としてしまい、それを取ろうとして手を穴に押し込んだのを見て、習った技を使って箱を開け、スプーンを取ってあげた。子どもたちは、助けが必要かどうかを判断し、さまざまな状況でそれを行えたようで、これは幼児期の早い時期に出現する知的意図読解能力を示している。”Children’s Helping Hands,” by Felix Warneken in Future Science: Essays from the Cutting Edge, edited by Max Brockman, Vintage Books, New York, 2011, pp. 17-19 . (原文は下記,翻訳は自動翻訳⁺I氏)