カズオ イシグロ『夜想曲集: 音楽と夕暮れをめぐる五つの物語 (ハヤカワepi文庫)』を読む

村上春樹の短編はユーモアや心の温まるものがあり、とても好きで多くを読んできたが、カズオ・イシグロの短編ははじめて読み、独特の味わいのあること知った。
その味わいやよさは、自分のことばでうまく表せないので、共感した他の人の感想を掲載させていただく。

「読書メータ―」https://bookmeter.com/books/2305583より、転載。

<あらまぁ、ノーベル賞作家ということで、チョット構えたんだけど、全然そんなことなくって、読みやすかったわぁ。音楽を背景に悲喜劇が魅力的な作品集よねぇ。>
<読みやすくて、コミカルな場面の多いことに驚いた。人生の黄昏にたたずむ不可解な一幕。諦念と笑いをもって味わえるだろうか、こんな風に。>
<書名に夜想曲とある通り、ピアノによるノクターンを聴いた後のような余韻を残した短編集だな。昔好きだった音楽を聴いていて、その拍子に過去を振り返って、そういえばこんなことあったな、と脳裏に蘇った思い出のような、ちょっとビターでクスッと笑えて、どことなく懐かしい気分になったような。夕暮れを感じさせる文体がやっぱりカズオ・イシグロ氏らしいけれど、長編小説とはひと味違った雰囲気が個人的に大好きになった。>
<音楽をテーマとした短編集。それぞれに曲や楽器をカギとして、男女の複雑な感情の扉を覗いているような作品が多い。音楽がテーマとなっているが、どの短編も男と女の気持ちが交錯する。様々な男女の物語が、クラシック音楽のようにゆったりとしていながら、奥底では壮大に進んでいるような構成になっている。そして曲の余韻をしばらく楽しむかのように、どの物語も音がフェイドアウトしていくような終わり方になっている。長編も好きだけど、短編も良かったので、他にも書いて欲しいと思った。イシグロ作品の中では一番読みやすい>
<音楽がテーマの5篇の短編。イシグロの短編は意外性があったけれどなかなかでした。軽妙洒脱の様で、余韻がたっぷり、読み返したくなる。短い時間を切り取っていてストーリーらしきものはないが重ねてきた人生の紆余曲折を読者に感じさせる。移ろうもの、哀愁、可笑しみ、エゴ、無様さ、そしてそういうものへの慈しみ。大人のオムニバス映画を観ているよう。中島京子さんの解説も嬉しい。才能って本当になんなのだろうって考えながら読むとまた違った読み方ができそう。>
<解説がとってもとっても良かった。才能は天賦の資質か、努力の賜物か。自分に向き合わざるを得ないけど むりやり生み出そうとしなくとも、日々何かに触れたときの感覚や自分の気持ちを大事にしよう。誰かが自分の輝きに気づいてくれる、これは愚かな自惚れじゃなくて、生きる希望になるんじゃないかな。私の周りもどんなキラキラに囲まれてるだろう。優しくなれそう。我々はなんて運が良いんだ!>

絲山秋子「薄情」を読む      水沼文平

「薄情」は「沖で待つ」で芥川賞を受賞した絲山秋子の小説です。
よく人は「あいつは薄情者もんだ」と言ったりしますが、他者に対して情が薄いのは誰でものこと、みんな自分のことで精いっぱい、他人のことはかまっていられないのです。
この小説は異常な降雪と主人公が格闘する暗示的なシーンから始まります。彼は30才位で神主の予備軍、何もやる気のない無気力人間です。それでも稼ぐ必要があるので嬬恋でキャベツの収穫の季節労働をしています。そして出会い系サイトを見ては女を漁ったりもしています。
主人公の家がある地域(群馬県のどこかの街)に東京の芸術家が市の援助で材木工場を改造して住んでいます。周りの人は珍しがってその工房に集まってきます。主人公もその一人です。常連の東京で育った女性が自分の街の変貌を盛んに嘆いたりしています。
作者は、都会と田舎、男と女、自然と人などの対比と変化を巧みに織り交ぜていきます。
名古屋から主人公の高校後輩(女性)が帰ってきます。彼女の父親はその芸術家の取り巻きのひとりです。そのうち彼女はその芸術家とできてしまい噂が広がります。そうこうしているうちに、その工房が芸術家の不始末で火事を起こします。芸術家と周りの人たちの人間関係はいとも簡単に壊れてしまいます。薄情なものですね。主人公も確かな手ごたえがあった女に打算的な理由で簡単に捨てられてしまいます。
主人公は雨の日に、東京から福島県の白河に帰るヒッチハイクの生真面目な高校生に出会います。そして白河まで送っていくことになります。少年に車に乗せた理由を聞かれ「出羽三山に行く途中だから」と嘘をつきます。
この無償の行為が主人公の心に大きな変化をもたらします。少年を送り届けた彼は東北道を北上し、神が宿る出羽三山(月山・羽黒山・湯殿山)に向かいます。

絲山秋子は群馬県の高崎在住です。小説の至るところに群馬の山や湖が登場します。
自己中心的で利己的な人間集団の中でうまく泳ぎこともできずに擦れ切れてしまった主人公は最後には自然に魅かれ、自然と対面・融和することで新たな生きる道を築こうとしているのかもしれません。
読んでいて「自然と神」「生々流転」「独生独死」などの言葉が浮かんでくる本でした。