時間軸で言えば、人はどこを見て生活しているのであろうか。
社会学の見田宗介の有名な価値の4類型を作る軸は、時間軸(現在志向か未来志向)と空間軸(自分志向か社会志向)だったと思う。
井上揚水の「傘がない」の主人公は、それ以前の学生運動の若者が「未来」と「社会」を志向していたのに対して、それ以降の学生が「現在」と「私」を志向していると分析したのは副田義也先生(大学院時代に教えを受けた)である。
今の学生達の好きな歌の歌詞を見ると「未来」を志向している歌が多いように思えた。
私達の高齢者の世代は、時間的にどこに置いているのであろうか。「未来」に何か期待しているとは思えない。そうすると現在か、過去志向か。
還暦や古希を期に、自分の過去の記録(自分史)を作る人も多い。最近大学院で1年後輩の松村直道氏(茨木大学名誉教授)が『天空のろばー還暦後の旅歩き、アラカルト』(2016年3月)という素敵な冊子を送ってくれた。松村氏の還暦後のマッターホルンやキリマンジェロへの登山やアジアへの旅行の記録である。還暦を過ぎてもこの活力(未来志向)、そして古希の記念の冊子(過去回想)と、未来志向と過去志向が両方含まれている。IMG_20160515_0001
歳を取ってから過去を振り返る時、楽しいことを思い出すのであろうか、辛いことを思い出すのであろうか。 また、辛い時、それをどのように乗り越えてきたのであろうか。年寄り世代は、それを若い世代に是非伝えたいものである。
Mさんの場合、苦しい時や悲しい時に姜尚中の「在日」にある一文を読み返すという。
<【旧約、伝道の書、「天が下のすべての事には季節があり、すべてのわざには時がある。生まるに時があり、死ぬるに時があり、・・泣くに時があり、笑うに時があり、悲しむに時があり、踊るに時があり・・・愛するに時があり、憎むに時があり、戦うに時があり、和らぐに時がある」
「焦りと悲しみの中で自分を見失って、今の苦境が未来永劫に続きそうな錯覚に陥っていたのだ。大切なことは、必ず時があるに違いないのだから、そのために準備をし、心の平穏を取り戻すことなのだ。そう思うと、凍てついた心がすこしずつ氷解していくようだった」>
私の場合は、辛い時は夏目漱石の小説を読むといいと学生に薦めている(聞き入れてくれた学生がいるとは思えないが)。江藤淳も父と一緒に結核にかかりふせって一番辛い時に、夏目漱石を読み「夏目漱石論」を書き、心の平静を保ち、漱石の作品から心の温まる思いを感じたと書いていた。
時間軸をどこに置くか、いつの時代を志向するのかということは大事であると思う。