東京と違い人の少ない千葉では、桜を観る人も少ない。
家の近くの公園では、小学生の女の子が3人、お菓子を食べながら、のんびりお花見をしていた。
同じ公園の砂場では、小学2年生の男の子が数人、砂で山を作っては壊し仲よく遊んでいた(でも聞こえてきた会話に「女はやさしいのがいいよな」というものがあり、びっくり)、反対側の女の子たち(一つ上の学年のよう)は砂の造形を桜で飾り楽しんでいた。
月: 2016年4月
高齢者の時間潰し
退職後の日々をどのように過ごせばいいのか高齢者世代には深刻な問題である。
私の周囲には、まだ勤めている人、研究を続けている人、放送大学で学ぶ人、旅行する人、スポーツクラブに通う人、卓球をする人、自動車の手入れをする人、散歩する人、犬の散歩をする人、買い物をする人、庭いじりをする人、病院に通う人などいろいろだ。
退職して暇ができたら、好きなことをして毎日楽しく過ごせるというのは、幻想であろう。E.フロムの言うように、自由は「〜への自由」ではなく、「〜からの自由」なのだから.「〜」のない高齢者世代には、自由(開放感)はない。
今日の朝日新聞には、73歳の高齢者(男性)が、その生活ぶりと心情を的確に書いていた。共感した人も多かったのではないか
退職後の時間潰し
< 退職後は、趣味がない、運動をするほどの体力はない、草を抜くほどの庭もない、旅行する金も、ちょっとの金を稼ぐ技術もない。ないないづくしだ。
仕方なく時間潰しに散歩をするが、不審者と思われないように、娘さんとも、幼い子どもとも目を合わせないようにしている。気楽な散歩にも気を使う。
図書館は空調設備が整っていて、ありがたい。ただ、お目当ての読み物が重なると早い者勝ち。なかなか順番が回ってこないのがつらい。もともと静かに読書をするところで、話し合う知人が増えるわけではない。
家でのひとり遊びはローカル紙の朝・夕刊と全国紙を読むこと。投稿欄は採用されなくても楽しい。もう一紙購読したいが、年金額からは、現状の2紙が最高のぜいたくだ。
月曜日は図書館が休み。新聞の休刊日が重なることもある。休刊日は休肝日としたいが、出かける用事もないと実に一日が長い。ストレスがたまり、結果として2合酒になる。
ぬれ落ち葉にならないか、妻の邪魔にならないか、気がかりだ。そんなことを思いながら、ふといつもの図書館で周りを見回すと、私と似た感じの人が目に付く。>
(朝日新聞、2016年4月3日、朝刊より転載)
『約束された場所で』を読む
少し前の本だが、村上春樹の『約束された場所で』(1998年、文芸春秋)を読んだ。これは、オウム真理教の信者や元信者にインタビューした記録の本である。いろいろ衝撃的を受ける内容だった。
第1に、村上春樹という有名な小説家が、インタビュー記録のような地味な仕事をよくやったものだと感心する。
第2に、オウム真理教の信者の多くが特別の人でなく、普通の人たちで、自分の生き方などを哲学的に考える、言い換えれば少し突き詰めて考える人で、真面目な研究者などによくあるタイプであるということ(理系の高学歴者に多い)。
第3に、育った家庭に幾分問題があった人が多く、学校や一般社会に少し不適応で(「一般社会の価値観とはもともと完全にずれている」とも村上春樹は書いている)、現世の功利より精神の修養に価値を置く人で、少しバランス感覚を欠く人たちであること。
第4に、このような人たちを引き受ける受け皿を、社会が用意しないといけないということ(対談で、河合隼雄もその点を強調していた)。
世間からかなり特異だと思われている人が、実はそんな特異ではなく、誰でもそのような資質をもっているし、誰でもそう成り得るということが、衝撃的であった。
千鳥が淵の桜
東京の桜の名所といえば、千鳥が淵であろう。
昨日(3月31日)は、東京の桜は満開と聞き、夕方に四谷で研究会があるので、その前(4時過ぎ)に、九段下から四谷まで、千鳥が淵の桜を見ながら歩いた。
それなりにきれいであったが、いつもの千鳥が淵の桜と少し違っていた。今がまさに旬だという感じがしない。
それは、なぜだろうと考えると思い当たることが2つあった。一つは、満開といっても、2~3日早い気がした。まだ7分咲きくらいの感じで、まさに旬と言うには,少し早すぎた。もう一つは、見た時間が午後4時半過ぎという時間で、少し暗くなりかけていて、光の具合があまりよくなかった。やはり午前中の明るい光の中か、ライトアップされた夜桜を見るべきだと思った。
桜見物の通はそのようなことは知っているのか、いつもの千鳥ヶ淵の人の込み具合はそれほどでなく、外国人の姿がかなり多く、少し悔しい思いをした。
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