電子黒板の実演

今、教育現場にデジタル化の潮流は流れ込んでいる。特に、電子黒板は一番手軽で、見易く、児童・生徒たちの興味をひくことであろう。
これから教師を目指す学生にとって、電子黒板(プロジェクターを使う場合もある)に関する知識と技術を身に付けておくことは必須であろう。
そこで、今週の私の授業(「教育課程論」)では、電子黒板を使っての授業を、最新のデジタル教材を使って実演してもらうことにした。

日時 2016年1月13日(水) 13時~14時30分 (3時限)
教室 敬愛大学3号館3階  3301 教室  
授業名 「教育課程論」(武内清 担当) 
実演 東京書籍株式会社ICT事業本部 事業開発部  

放送大学の大学院

放送大学には、大学院課程がある。その修士課程の口頭試問の会(岡崎友典氏担当)を今日は、オブザーバーで見学させていただいた。
口頭試問といっても、個別の試問ではなく、公開発表会のようなもので、執筆者が自分の論文の要旨を報告し、それに質疑が行われるというものである。院生は、それぞれ自分の職業と関連するテーマで修論を書いていて、内容に熱い思いが込められている
今回は、10名ほどの発表があり、主任教授の岡崎氏の他に、2名の教員(永井氏、夏秋氏)の厳しい質問とコメントがあり、院生の今後の研究に役立つことが多く議論されていた。
口頭試問が終わった後の懇親会の雑談でも、社会人ならではの有意義なおしゃべりが続いた。例えば、次のような話は印象に残っている。
「子ども教育の責任は、家庭にあるとした新教育基本法は、ある種の教師にとっては歓迎すべきものであろう。なぜなら、教育の責任は家庭にあり、自分達にないのだから」「上海では、万博の時、スラム街が一掃されきれいになったが、それが終わるとまた人々が戻って来て、元に戻った」「江戸の時代は、いろいろ隙間の仕事があり、皆何とか食べていけた。今は、そのような仕事はなくなり、生きにくい社会になっている」「自立とは、何でも自分でやるということではなく、自分のできないことを人に頼める能力である。自立の反対は依存ではなく孤立である」
 社会人になっても、学ぼうとする意欲の高い人たちの意気込みや見識には、教えられることが多い。

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八方除けのお祓い

<数え年9の倍数の年は「八方塞がり」の年。厄年と同じように、色々と新しいことをするには向かない年だとか。><八方塞がりの年は、物事を始めるのによくない年周りと言われていて、生活環境が変わる人は特に注意が必要。対策として、八方除け(厄除け・厄祓・厄払い)の祈祷やお祓いをして貰う、または、厄除けお守りを持ち歩く、などがあるようです。>(ネットからの転載)

 上記をどの程度信じていいのかわからないが、私の歳は八方塞がりの歳とのことなので、今日は家の近くの稲毛浅間神社に行った折、八方除けのお祓いをしてもらった。
 他のお祓いの人と一緒にお祓いをしてもらうのだが、名前を読み上げてもらったり、いろいろお札やお守りをもらったりで、なかなかいい体験だった。

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新年の集い

いつの頃からか、大学でも新年の集いというものが開かれるようになった。それは、大学置かれた厳しい状況を乗り切る為に、教職員一丸となって乗り切ろうという決意を固めるような儀式で、理事長の話しが最初にあり、後は新年の祝宴となる。
敬愛大学でも、学園の教職員の集まりである新年の集いがあり、理事長の挨拶の後、学生の合唱やダンス、歌手の独唱、懇親会が開かれた。
学園や大学の一体感や団結をはかるために、なかなかいい会だと感じた。また、同時に「そんな暇があったら研究をする」と、欠席する教員が少なからずいるのも、大学らしくていいと思った。

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仕事はじめー長期休みの後の心構え

 長期の休みの後は、職場にうまく適応できるだろうかという不安を感じる。それは休みと仕事のリズムが違うせいであろうし、対人関係への心構えも仕事では多大に使うせいであろう。
 教員の場合、それほどギャップがないようにも思うが、対生徒や対学生に対する気遣いはかなりしていると思う。そろそろ授業が始まると思うと、それだけで緊張する。
 今日(4日)は、家にいても落ち着かず、研究室にやってきた。
 ただ、大学の授業は7日から始まるので、まだ研究室に教員の姿は見えず、教室もがらんとしている。(大学の教師は今頃、皆何をしているのであろうか?)
 たまった仕事を少しでも片付け、授業の準備もできれば、それに越したことはない。精神の安定が得られる。

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