部屋捜し

4月から勤め先が替わる知り合いの、部屋捜しに同行させてもらった。制限時間は2時間半。はたして2時間半で、これから何年か住む部屋を探せるものか、一か八かの賭けのようなものだった。
新しい勤め先の駅に乗り入れている線は数本あり、その内から1つ線を適当に選び、そこから急行で20分~30分の駅から一つを選び、その駅で降り、最初に目についた不動産屋に飛び込んだ(30分経過)。
知り合いが条件を担当者に言ったところ、十数件ほどの物件のパンフレットを出してくれた 。そこから3件を選び(1時間10分経過)、車で、その3件の物件(部屋)を案内してくれた
1軒目は、駅から徒歩7分、3階建てて15部屋ほどあるところの2階。コンパクトで4畳のロフトもついている。2件目は、駅から徒歩10分で、3階建のマンション風のシックな建物で、家主が3階に住み、1階、2階を貸し部屋にしているところ。部屋は小奇麗で、出窓もあり、外の景色もよい。3件目は、駅から徒歩5分の線路わきで、10階建のマンションで、同じタイプの部屋が100部屋近くあるところ(2時間経過)。
どの3件ももよく、なかなか難しい選択だと、私は感じた。知りあいは即座に決断し、契約の説明を受けた(2時間30分経過)。
なんと、2時間半前は、どこに居を構えるかも決まっていなかったのに、その時の勢いで、一つの駅を選び、目についた不動産に飛び込み、複数の部屋を紹介してもらい、それらの物件を見て、1つを選び、契約の手続きまで済ませた。
 私が住むところではないので、私はなるべく口を挟まないようにしたが、「とてもいい選択をしましたね」、というのが私の感想。私もはじめて降り立った駅だが、マルイもあり、おしゃれで、賑やかで、それでいて少し駅から離れると静かで、住みやすいい街という感じであった。
私も若い頃、このような街、このような部屋で、一人暮らしをしたら、いい青春時代を送れたかもしれないと、羨ましくも思った。

上智河口湖ハイムでの研究会

この週末(16日~18日)は、上智河口湖ハイムで、研究会の合宿を開催した。
上智河口湖ハイムは、上智大学の教職員と学生の為の素敵な保養所で、富士桜高原別荘地の一角に建つデンマークハウスで、広いリビング、木目の床、壁、家具、薪ストーブと,癒しに満ちている空間であった。 外には、鹿の家族。
15名の参加があり、美味しい料理を、皆で作り、語らいながら、研究会の話し合いもすすんだ。
幸い、天候にも恵まれ、雪化粧の富士山が河口湖からくっきり見え(16日)、富士五湖ドライブ(17日、18日)で、素朴な自然も、満喫した。
参加したいただいた方に、心より感謝したい。このような素敵な場所を提供してくれた上智大学にも深く御礼申し上げる。

大学(学科コース)同期会

大学の学部で一緒に「教育社会学」を学んだ同期の仲間と、1年に一度クラス会を開くことになっていて、今日は6人全員が午後1時に、日本橋の三井銀行本店の前に集まり、日本橋、丸の内界隈の歴史散歩を楽しんだ。大学を卒業して40年以上経ち、その仲間が一人も欠けずに集まれるということだけで素晴らしいことに思える。

チュニジアのお菓子

敬愛大学の中東の専門家の水口章先生が、2月末にチュニジアを訪問されたというので、そのお土産をいただいた。
クッキーとのことだが、土地や文化が違えば、お菓子の形も味も違う。長旅を経てきたお菓子を、じっくり眺め、いただいた。
水口先生のHP(http://blogs.yahoo.co.jp/cigvi2006)には、その報告がある。一部転載。

2010年12月、チュニジアの中南部で発生した市民の抗議運動が、翌2011年1月14日には約23年間に及びこの国を支配してきたベン・アリ体制を崩壊させた。それから2年余りを経たチュニジア訪問の印象は、次の3点に集約される。
1.民主主義という制度の定着にはまだ多くの時間を必要とする。
2.世俗主義とイスラム主義の対立は根深い。
3.反ベン・アリ政権の運動における国内活動家と国外亡命活動家との間の、新国家ビジョンに関する違いは大きい。
中東関連のウェブサイトで指摘されているように、「革命は失敗だと早合点してはいけない」のであり、歴史に近道はなく、アラブ市民もフランス革命のジャコバン党期のように自由を求めて厳しい道のりを歩みはじめたことは確かだ。
(以下、略)、

梅の花、開花

 市原の実家に行ったら、3日前は、まだ蕾だった庭の梅の花が、一気に咲いていた。
 桜と違い、梅はこのように一気に咲くものなのか、急に暖かくなったせいなのか、わからない。
 梅は、桜のような華やかさはないが、控えめな感じで、その良さを感じる。