秋の果物

秋は果物の季節。いろいろなところから果物(柿、リンゴ、みかん)をいただく。
私(ソフィー)も、果物に囲まれ、秋を感じている。

Mさんより、次のようなコメントをいただいた。御礼と共に、転載させていただく。

<秋の果物、おいしそうですね。
私の父母の家には柿の木が三本ありました。甘柿が一本、渋柿が二本です。毎年勤労感謝の日に「柿もぎ」をしました。
木に登って手で取る以外は、長竹の先を割り、棒を挿んでV字型にして、それで柿の根本を挿み、捩じって下に落とすやり方をしました。
渋柿は皮を剥いて干し柿にするか、「樽柿」にします。樽柿とは柿のヘタを二呼吸くらい焼酎につけ、ビニールの袋に密封します。
二週間くらいで渋が抜けて甘い柿ができ上がります。「樽柿」の由来は、昔は樽に寝かしたからでしょう。
甘いものに飢えていた時代、学校に行く前に干し柿を二三個ランドセルに入れ、友だちと校舎の裏でこっそりと食べたものです。
柿の木には鳥たちのために十個くらい残します。
寒空に浮かんでいる真っ赤に熟した柿、少年時代のなつかしい思い出のひとつです。>

教育原論Ⅱ(敬愛大学1年生、60名) 11月7日 リアクションのまとめ

問1 大学に望むこと

 学生と先生、学生同士のコミュニk-ションを取る場を作る、
勉強にやりがいを感じさせる。勉強をしたい人の妨げになるうるさい授業やまじめに講義を受ける人が浮くような授業を作らない、
ミーティング室がほしい。自習室[スタンド付き]がほしい、グループワークをする場がほしい、スクールバスがほしい、
購買を広く、学食を安く、スタバを入れる、トイレの増設、ゆるいサークルを作る、ロッカーをアリーナの近くに。

問2『大学生活を充実させるためには何をすればよいか」

友人関係の充実17,  勉強8、遊ぶ時は遊び、学ぶ時は学ぶ(けじめ)7、
いい先生5、 アルバイト・お金5、 自分で楽しむようにする4、
がんばる4、 目標設定4、 将来を考える3、 サークル2、 趣味2、
いろいろなことをやる2、 自分から大学のことに関わる2、 
まじめに勉強する雰囲気2、 運動1、 規則正しい生活1、
他の世界・いろいろな人との出会い1、 手に届くことをする1、 余裕1、旅行1、食事1、社会に出た時役立つこと1、今しかできないことをやる1。

大学生のケータイ依存

 若者の携帯(使用)に関する研究では、携帯を頻繁に使う人は、携帯だけでなく直接の人間関係も豊富だという知見がある。つまり、若者の携帯依存は問題がない。私も基本的にそう思うが、少し気になる点がある。 
 大学の授業で、携帯(ケータイ)を離せない学生が少なからずいる。それは、多人数の講義のみならず、少人数のゼミでも見られる。
 これは一種の「ケータイ依存症」で、「アルコール依存症」や「タバコ依存症」と同じように、それがなしではいられない。それがないとイライラして、ものごとに集中できないし、精神や身体に不調を起すかもしれない。
 このような「ケータイ依存症」は、何歳ぐらいから起こるのであろうか? 携帯依存症になるプロセスを調べたくなった。先日、教育実習の参観で、小3の授業を見たが、小3の子どもは先生の発問に対して、率先して手を挙げ指名を求める。ケータイのケの字も見えない。一方、定時制高校では、ケータイを見るのは授業中、日常茶飯事と家人から聞いた。小学生-中学生―高校生―大学生のプロセスのどこで、ケータイ依存が生じるのか。
 大学の授業で、一度、ケータイを全てカバンの中にしまうように指示して見ようかと思う。どのような禁断症状が出るのか。少し怖い気もするが。
(「ケータイ依存症」のテストが、ネット上にある。私は最低点であった。「そんな携帯と無縁な人に、ケータイに関して何か言われたくない」と、学生に言われそう。)http://www.shonan-rockets.com/column/2004/06/27.html

<後日談> 敬愛の1年生の授業で、ケータイ依存症の実験と称して、ケータイをカバンにしまわせて見た。その結果は「悲惨」であった。禁断症状は何も出ず、皆平気な顔をして、近くの子とおしゃべりをはじめた。おしゃべりをやめるように言ってもなかなか止まらない。ケータイを持たせて置いた方が、授業中のおしゃべりが少なくていいかもしれない、と思った。これは、予想外の結果であった。

大学でのトランプ

大学の食堂等で、学生達がトランプをやっているのを時々見かける。これは、当の学生達にとって楽しいかもしれないが、外から見るとかなり見苦しい。大学の品格を落としているように思える(少なくとも、私はそう感じる)。
私自身はトランプは好きで、家族でよくトランプをやったし、昔学生との合宿でトランプで徹夜に近くなったこともある。また合宿の行き帰りの列車の中でトランプをやり続けたこともある。しかし、大学構内とトランプはそぐわない、と思う。
なぜ、そう感じるのか。トランプのようなゲームは、高校生までに卒業して、大学に入ったら、もう少し大人の遊び(や勉強)をすべき、という見方をしているのかのかもしれない。
大学生にもなって、「私は子どもです」というようなことを、人前に晒すべきではないと思っているのかもしれない(そう言う自分が、年相応の態度を取っているのかどうかは疑問だが)

ロンドンからのHard Rock

私のブログを海外(ロンドン)で読んでくれている人がいる。在外研究でオックスフォード大学に行っているK氏である。K氏はなんと、私のブログを読んで、ロンドンのHard Rock Caféに行き、素敵なT-シャツを2枚も買い、送ってくれた。感謝感激である。これで私のHard Rockのコレクションもさらに増えた。
K氏は、最近の共著『日本語表現&コミュニケーション―社会生きるための21のワーク』も送ってくれた。若い研究者には、優秀で多才な人が多い。彼もその一人である。研究の発展をお祈りする。