カズオ・イシグロ・土屋政雄訳『クララとお日さま』(早川書房、2021.3)を読んだ。内容も訳もよく読み易い本だが、私の読書力が落ちていて、440ページ読むのに3日もかかった(その間、アジサイを見に行ったり、卓球をしたり、ズーム会議に参加したりはしたが)。カズオ・イシグロの著作の翻訳(日本語訳)のある8冊目の本のようだが、『私を離さないで』や『日の名残り』との共通点も感じた。誰かに仕えるロボットや執事のように、自分の分をわきまえた謙虚な生き方が描かれている。(人間以上の)、人工的なロボットの純粋さ、健気さに、そして哀しい結末に心打たれる。いろいろなことを考えさせられる小説だが、その余韻に浸りながら、新聞やネットに載った感想を読んだ。共感したものを転載する(ネタバレもあるので、未読の人は注意)
■型落ち「人工親友」の献身と信仰/ ノーベル文学賞を受賞し、世界的な作家の仲間入りをしたイシグロの6年ぶりの新作は、高度な人工知能を搭載した人型ロボットが語る近未来SF小説だ。/ ショートヘアで浅黒い肌のクララは、売れ残りの型落ちながら、ずば抜けた洞察力と高い共感力を備えている。買ってくれたのはジョジーという10代前半の少女とその家族。彼女の「人工親友」としての使命をまっとうすべく、クララは献身的に尽くし始める。/ 人間の孤独や愛の概念の学習には、ジョジーと幼馴染(おさななじみ)リックとの関係はうってつけの教材だ。だがジョジーは病弱な上、観察するに乗り越えがたい社会的格差が将来を夢見る二人の幸福を阻んでいるらしい……。そこでクララは持てる力のすべてを駆使し、ジョジーの救済に奮闘するのだ。/ イシグロは本作で、どんなに高い知性の持ち主でも、客観的事実を否認し、妄信に陥ってしまう可能性があることを丁寧に描く。太陽光を自身のエネルギー源とするクララは、ジョジーによかれと太陽に願掛けし、突飛(とっぴ)な行動にも出るが、そこに根拠は希薄だ。/ 「お日さま、どうぞジョジーに特別な思いやりを」/ またリックは、一種の優生思想により個性を尊重されずにもがいていると、読者は知る。こうした、認知の歪(ゆが)みというテーマは、著者の初期の代表作『日の名残り』に、科学技術革新の栄光とその影とのテーマは、映画化もされた『わたしを離さないで』に通じるだろう。平易であたたかな語り口に終始しながら、物語がつきつける現実は苦みがある。クララがピュアであるだけに、不穏なムードは際立つ。/ 苛烈(かれつ)を極める競争原理、閉鎖的なコミュニケーションが特定の信念を強化させるエコーチェンバー現象など、分断を生みがちな現代社会のありようへの警告ともとれる本書。クララの「その後」を読者がどう想像するか。人間とは何かとの問いかけが、読後の脳内に響きわたるだろう。/ 評・江南亜美子(書評家・京都芸術大学専任講師)(朝日新聞 デジタル 2021年4月3日より転載)
*病弱な少女とアンドロイドの話。人工親友ロボットのクララはずば抜けた観察力と学習意欲で日々成長していく。病弱の少女に優しい心で接して家族同然の関係を築いていくが、少女の成長により不要になると物としてあつかわれてしまう。前作の「わたしを離さない」でと同じで悲しくなってくるな。病気の娘のアンドロイドを作って代わりをさせたり、貧富の差による社会の細分化など問題が提起され読み返したくなる。/ *氏の作品は、特に盛り上がる場面は少ないはずなのになぜか引き込まれる。 本作では語り手のクララの鋭い観察力が印象的。「私を離さない」でもそうだったが、氏は心の機微を表すのがとても上手いと思う。メインテーマは心の存在だと思うが、この作品での答えは「特別なものはその人を愛する人にある」と言うことか。ラストは少し残酷な気もするが、クララとの決別による大人への成長と感じた。/ *《向上処置》を受けた子供の将来は安定し、受けていない子供は大学進学さえ難しい世界。処置のために病弱になったジョジ―のもとに来たAF(人工親友)クララは、常にジョジ―のための最善を考え行動する。一方、母親は娘が亡くなってしまった場合のコピーとしてクララを育てようともくろんでいる。表紙も文章も優しい児童文学の様相だが、実は奥深く切ない内容だった。著者の「私を離さないで」や、亡くした子供の身代わりロボットとして作られた「鉄腕アトム」のことを思い出した。どこまでもまっすぐに皆の幸せを願うクララの清らかさが悲しい。/ 母親、父親、メラニアさんやリックと同じくらいジョジーのことを思い、誰よりも正しくジョジーの幸せを願うクララはとても優しかった。クララの思考は常にジョジーに尽くすためのもので、人のちょっとしたサインによく気づいたり、隅々まで配慮された発言をしたり、AFとして作られたクララは大成功だったと思う。この本を読んでいたら、クララのように不純さのない正しい思考ができるのがAIなのかもしれなくて、人類滅亡を企むAIだとか陰謀論だとかをおもしろおかしく想像するのが人間であると較べてしまった。今後世界はどちらに向かうのか…(「読書メータhttps://bookmeter.com/books/17416961より転載」」