今医学の研究者や医者が新型コロナの感染対策の政策にいろいろかかわっている。一方、教育の研究者や実践者は、教育政策とどのようにかかわっているのであろうか。論文や著書や学会発表やマスコミへの発言によって、教育政策に影響を及ぼすというのが、一番多いケースであるが、その政策への影響は微々たるものであろう。文部科学省の中教審の委員や有識者会議のメンバーになって発言し、教育政策に影響を及ぼすという方法があるが、それができる(それに選ばれる)人はごく限られた一部の人であろう。研究者が、政策決定の外から発言する方が科学的、客観的でいいように思うが、それは単なる批判だけで、抽象的で紋切り型の無責任な指摘に終わり、何ら政策や実践への寄与がなされない場合も多い。
先日、朝日新聞に安倍内閣の教育政策の評価に関して、二人の教育研究者が発言していた。ひとりは、政策の外からの批判で(中嶋哲彦・日本政策学会長「古い国家主義、途中から変容」)、もう一人は、外からであるが中教審の専門委員も務め中の事情にも通じている研究者(小林雅之・日本高等教育学会会長)の発言と感じた。後者の方を転載しておく。
小林雅之・桜美林大教授「支持率を重視、甘い制度設計」(専門は教育社会学、高等教育論。各国の授業料・奨学金制度などを研究)
第2次安倍政権の教育政策は、道徳の教科化など一部を除けば非常に福祉的で、イデオロギーの要素は見えなくなりました。大きな予算を付けて国民の人気をつかむ「ポピュリズム」的な政策が目立ちます。/ 安倍首相は、強い関心を持つ教育に国の予算を投じるべきだと考えていました。しかし、文部科学省は子どもを実験台にするような政策は打ち出しにくい。官邸主導で決まった大学入学共通テストでの英語民間試験の活用や、コロナ禍での全国一斉休校などは提案しにくいのです。/ 経済産業省系を中心とする首相官邸の官僚には、不満だったでしょう。世論の動向を見て、受けが良さそうな政策を次々と実行しました。使えるものなら野党が以前から訴えていた政策も取り込み、政権の支持率を維持してきたのです。/ 第2次政権では当初、政府の教育再生実行会議が力を持ち、大きな政策を提言しては次々と実現させました。しかし、途中から政策決定の流れが変わります。/ 実行会議は首相直轄とはいえ、事務局を務める文科省が議論をグリップできていました。一方で、財務省をはじめ他省庁との調整が壁になるなど限界がありました。/ そこで存在感を増したのが、内閣官房や内閣府が事務局を務める、様々な有識者会議です。低所得世帯向けの高等教育無償化は、首相が2017年秋の衆院選前に突然公約に盛り込んだ政策です。会議の一つ、「人生100年時代構想会議」で数カ月議論され、12月に幼保無償化などとセットで閣議決定されました。/ 文科省が実施していた給付型奨学金の予算は、19年度で約140億円、授業料減免は約540億円(大学院生も含む)。一方、授業料減免を含めた無償化制度に20年度に計上された予算は約4880億円です。ケタ違いの予算を低所得世帯の教育支援に取り込んだこと自体は、非常に意味があると思います。ただ、専門的な知識がない官邸官僚を中心に短期間で制度設計したため、様々な問題が起きています。/ 特に問題なのは、外部理事の数や実務経験がある教員の授業の割合などの要件を満たさない大学や専門学校に通う学生が、対象外となる点です。本来は大学改革の問題として扱うべきですが、じっくり議論せずに要件に盛り込んだのです。大学よりも低所得世帯の学生の割合が大きい専門学校に、要件を満たせないケースが続出し、認定が62%にとどまりました。安倍首相が訴える「真に必要な子ども」に届かない恐れが出ています。/ お金やモノを、対象者を見極めず、一律に配るのも安倍政権の特徴です。国民へのわかりやすさや、「スピード感」を重視していたのでしょう。全国の小中学生に1台ずつパソコンなどを持たせる「GIGAスクール構想」や、コロナ禍で経済的に困窮する学生に10万~20万円を配る緊急給付金などが代表的です。制度設計が甘いために、いわゆる「アベノマスク」で起きたような問題が、教育政策でも起きないか心配です。/ ただ、コロナ禍で大学などの混乱が続いているため、教育政策の成果が見えにくくなっています。安倍政権が進めた政策をしっかり評価するには、もう少し時間が必要です。(聞き手 編集委員・増谷文生, 2020年9月11日,、朝日新聞 デジタル)