放送大学の面接授業 講義メモ

放送大学の面接授業は、放送大学が創設された時から毎年担当しているので、もう30年以上経過したことになる。今回で最後になるが、東京文京学習センターで「子ども、青年、学校、大学再考」というテーマで、12月7日(土)と14日(土)の2日間で8コマ(1コマは90分)の授業を担当した。今回の講義ノートを、一部記録に残す。

今回は12月7日(土)と14日(土)の2日間に、8コマ(12時間)の授業を行います。テキストは使わず、資料(A3,50ページ)をお配りしています。今回の受講生は27名で、年齢も20代から70代までいろいろな方がいます。今アクティブラーニングということが言われ、「主体的で対話的、深い学び」の重要性が言われています。この授業でも私の一方的な講義だけではなく、グループ討議も取り入れ、皆さんと一緒に教育のことを考え議論していきたいと思います。

私自身はこれまで3つの大学に専任として勤めてきましたが、放送大学とのかかわりも長く、放送大学の創設の頃から面接授業の講師を30年以上しています。放送教材の方も、学校や青少年というテーマで、テレビとラジオの番組を共同で作ってきました。放送大学の学生や院生の卒論や修士論文の指導も教員としてお手伝いしましたし、東京文京学習センターでは5年ほど客員教授を務めました。

専攻は、教育社会学です。教育社会学は教育学の中でも少しマイナーな分野で、教職科目にはなく、一般の大学では、肩身の狭い思いをしています。放送大学では、創設の時から教育社会学専門の教員が何人もいました。お名前をあげると(敬称略)深谷昌志、麻生誠、新井郁男、岡崎友典、住田正樹、小林雅之、岩永雅也、田中統治などの諸先生です。教育社会学の人が作った放送教材も多く、皆さんも受講した方がいらっしゃるかと思います。

教育社会学のことを、少しだけ、説明しておきます。教育社会学は、単純に言うと、研究対象が教育現象で、研究方法(=見方が)社会学ということです。教育には幼児から大人まで、学校教育から大学教育、企業内教育、生涯学習まであります。社会学というのは、皆さんあまり馴染みがない見方かもしれませんが、常識にかなり近い見方です。既存の見方を一度疑ってみるとか、自分の利害を離れて客観的に見るとか、データ(エビデンス)を重んじるとか、批判的に見るとかという特質があります。心理学に興味があるという方が多いと思いますが、皆さんの思っている心理学は、社会学的な見方に近いかもしれません。社会学も人の心理には大変興味を持って研究しています。ただ心理学と違うのは、人の心理の中身は、対人的なことや社会的なことがかなり影響しているので、人間と集団や社会との関係を考えようと社会学はします。心理学は、それより人の認知や感情といった人の内部のメカニズムに関心があるように思います。人の心が外部の刺激で傷つけられた場合を考えてみますと、友達や恋人から傷を与えられた場合と国家権力から傷を与えられた場合では違うと思います。心理学では心の痛みとしてそれらを等価と扱うと思いますが、社会学ではその違いに注目します。教育学との違いもあります。教育学は理想を重んじます。教育社会学も理想は大事だと思いますが、理想を考える前に、教育の現実をなるべく客観的に見ようとします。理想に向かって親や教師が一生懸命やるということが教育効果を生むことは確かですが、理想ばかり追い現実を見ないと、空回りして効果はないことも少なからずあります。このようなことを、具体的な例で見ていただき、皆さんにも考えていただきたいと思います。

最初に、教育について、2つの考えのあることを説明します。教育とは子どもの生まれながらの能力や可能性を引き出すというのが1つの考えで、もう1つは人類の文化遺産を注入するという考え方です。この2つの考えは、教育を考えるときの大きな対立点であり、いつもこの2つの考え方を行ったり来たりしています。これに関連して、そつたくの機とか ズアオアトリの例をお話します。

次に親子関係や家庭教育のことを取り上げます。これには父親原理と母親原理の対立があります。心理学者の河合隼雄、文学者の江藤淳の論を紹介しておきます。子ども発達や児童虐待のことは、心理学の方で多く扱われているので、ここでは詳しく扱いませんが、配布の資料(「こころの育ちと家族」)を見てください。子どもの発達との関連で母親や父親の役割を考察しています。『おおきな木』(シエル・シルウァスタイン・村上春樹訳、あすなろ書房)という絵本を皆さんご存知ですか。ここからも母子関係を考えてみたいと思います。

学校の特質については、資料「子どもの学校生活」(武内清『子ども・青年の文化と教育』)を見てください。家庭と学校の違い、学校の集団や組織の特質、学校官僚制、潜在的カリキュラム、チーム学校、ホームスクーリング、学校の日米比較ということからも、学校の特質を考えてください。

現在の日本の教育の仕組みを少し説明します。憲法、教育基本法、学習指導要領という法律に規定された教育が行われています。学習指導要領はだいたい10年ごとに改訂され、それに基づいた教科書が作成されます。今回の新しい学習指導要領の主な内容は、配布資料を見てください。アクティブラーニング、つまり「主体的・対話的で深い学び」が大切と言っています。また新しい教科として、小学校に英語、小中学校に特別の教科「道徳」というものができました。皆さん、道徳教育に関してどのように思いますか。少し道徳について、お話します。戦前の修身や教育勅語の復活という側面もあると思います。道徳項目として挙がっていることは4領域あり、どれも他の国でも通用しそうな普遍的なものですが、国や郷里を愛するという愛国心の項目に関しては、賛否があると思います。

今、教育界では大学入試のことがかなり問題になっていて、10月下旬に文部科学大臣が「身の丈」発言というのをして、それだけではありませんが、英語の入試の民間委託が再考されることになりました。教育と社会階層や社会的な格差との関係は、大きな問題です。そのことを少し説明します。(内容略)

大学のこと、今の学生のことをお話したいと思います。まず大学の歴史から考え、大学はどのようなところなのかということを、潮木守一先生が『キャンパスの生態誌』(中公新書、1986)という本でわかりやすく書いていますので、それを見てください。「自動車学校型」、「知的コミューン」、「予言共同態」という3つがあります。最初のものは専門学校のようなもので、2番目は学問の追求、3番目は思想や生き方の学びのような場です。今の日本の大学はこの3つが薄められた形があるように思います(武内「現代学生考」『内外教育』2019.10.8.参照)。アメリカの大学はどうかという話がありましたが、アメリカの大学は、学部教育は教養教育が中心のようなところがあります。アメリカでは専門教育は大学院に入ってからというところがあります。アメリカの教育に関して、たくさんの本が出ていますので、そちらを見ていただきたいと思います。古いものですが、江藤淳の「アメリカと私」(講談社)も大学の様子がわかります。私の見聞記は上智大学教育学科の紀要の30号に書き、2018年7月16日のブログでも読めるようになっていますので興味がありましたら見てください。

 現在の日本の大学教育や学生の様子は、かなり変化しています。私たちは、それを大学の「学校化」、学生の「生徒化」と呼んでいます。それについては以前に千葉大学で話したパワーポイントがありますのでそれを見てください(下記に掲載)。今学生は授業によく出るようになり、真面目に勉強するのでいい面はありますが、学生は従順すぎて、授業以外のことに関心を向けませんし、読書をすることは少なく、政治や社会のことに無関心になっているように思います。香港の学生のように政府に抗議することはありません。

青年一般に関しては、武内清「現代青少年の安定志向」(『教育と医学』2010年1月号、NO52)を見てください。 今の青年を非難するのではなく、その支援を考える必要があると思います。それは、武内清「青年期の社会的成長、自立」『子ども・青年の生活と発達』(放送大学教育振興会、2006年)) に書きましたので、それを見てください。(以下 略)