実用的な知識の時代


10月14日の朝日新聞朝刊の教育欄(「高校の国語 文学を軽視?])をみると、今後の高校の国語教育も文学的なものでなく、実用的な知識重視の方向に舵がきられていることがわかる。

文部科学省の視学官の大滝一登氏は、「今回の学習指導要領の改訂では、実社会で求められる国語の能力を育てることに配慮しました。社会に出て会議や折衝の場面で小説や物語、詩歌をそのまま使うわけではありません。そのため両科目の教材には、社会生活に必要な解説文や記録、報告書など「論理的」「実用的」な文章を扱います」と述べている。

文学研究者の安藤宏東大教授は、文学の力を下記のように述べている.私はこちらを支持するが、今の時代少数意見であろう。「現実社会は多様な人間の利害や思惑が絡み合います。理解しがたい考え方にぶつかったとき、感情や心理を言葉で表現し、分析する力を磨くことこそが、実践的な論理的思考力の向上につながります。異質な他者や価値観と出あい、世界を根源から問い返していく力は、文学や思想、社会科学などの領域にまたがる「人文知」そのものです。文章を「論理的」「実用的なもの」と「文学的なもの」に分けること自体、問題です。小林秀雄の「無常といふ事」は死生観が変容した現代人の不幸を論じていますが、「論理国語」でしょうか、「文学国語」でしょうか」